
1932年、チャドウィックは、ベリリウムにα粒子を照射すると発生する透過力の強い放射線を調べ、中性子の存在を明らかにした。この放射線をパラフィンなどの水素を多く含む物質に照射すると、高速の陽子が飛び出すことが観測された。
陽子の質量を m=1.67×10⁻²⁷ kg、光速を c=3.0×10⁸ m/s、1 eV=1.6×10⁻¹⁹ J とする。
(1) ⁹₄Be にα粒子を衝突させる核反応について、γ線が生成されると仮定した場合と、中性子が生成される場合の核反応式をそれぞれ記せ。
【Ⅰ.γ線仮説の検討】
まず、未知の放射線をγ線(光子)と仮定する。静止した陽子に光子を衝突させたところ、光子は入射方向と逆向きに散乱され、陽子は入射方向に速さ Vₕ=3.9×10⁷ m/s で反跳した。衝突前後の光子のエネルギーをそれぞれ E、E′ とし、陽子の運動量と運動エネルギーには非相対論的な近似を用いる。
(2) 光子と陽子の衝突における運動量保存則とエネルギー保存則を示せ。
(3) 衝突前の光子のエネルギー E を m、Vₕ、c で表せ。また、E を MeV 単位で求めよ。
次に、このγ線がベリリウムとα粒子の核反応によって生成されたと仮定する。この核反応で放出されるエネルギー(Q値)を10.6 MeV、入射するα粒子の運動エネルギーを5.3 MeVとする。
(4) 核反応によって生成される光子がもちうるエネルギーの上限を求めよ。また、(3)の結果と比較し、未知の放射線をγ線と考えることが困難である理由を説明せよ。
【Ⅱ.中性粒子仮説の検討】
次に、未知の放射線を質量 mₙ の電荷をもたない粒子と仮定する。この粒子が速さ v で静止した質量 M の原子核に正面衝突する場合を考える。衝突は完全弾性衝突であり、原子核の内部エネルギーの変化は無視する。衝突後の原子核の反跳速度を V とする。
(5) 衝突後の中性粒子の速度を v′(入射方向を正)とする。運動量保存則と力学的エネルギー保存則を示せ。
(6) 衝突後の原子核の反跳速度 V を mₙ、M、v を用いて表せ。
この粒子を陽子に正面衝突させたところ、陽子の反跳速度は Vₕ=3.9×10⁷ m/s であった。また、同じ速さの粒子を窒素原子核に正面衝突させたところ、窒素原子核の反跳速度は Vₙ=5.2×10⁶ m/s であった。ただし、窒素原子核の質量を14mとする。
(7) 陽子と窒素原子核の反跳速度の測定結果から、中性粒子の質量 mₙ が陽子の質量 m の何倍であるかを求めよ。
(8) 衝突前の中性粒子の速さ v を求めよ。また、運動エネルギー K を MeV 単位で求めよ。
最後に、静止したベリリウム原子核にα粒子を衝突させ、中性子が生成される場合を考える。この核反応のQ値を+5.7 MeV、入射するα粒子の運動エネルギーを5.3 MeVとする。
(9) 核反応後の中性子と炭素原子核の運動エネルギーの総和を(8)の結果と比較し、中性粒子仮説がエネルギー保存則から直ちに否定されない理由を説明せよ。
【解答・解説】
(1) γ線が生成される場合
⁹₄Be + ⁴₂He → ¹³₆C + γ
中性子が生成される場合
⁹₄Be + ⁴₂He → ¹²₆C + ¹₀n
[補足]核反応の前後で質量数と電荷は保存する。反応前の質量数の総和は13、電荷の総和は6である。γ線(光子)の質量数と電荷は0、中性子の質量数は1、電荷は0である。よって、生成される原子核は、それぞれ質量数13と12の炭素原子核である。
(2) 運動量保存則より
E/c=−E′/c+mVₕ ……①
エネルギー保存則より
E=E′+½mVₕ² ……②
[補足]光子の振動数をν、運動量の大きさをpとすると、E=hν、p=hν/c=E/c。
運動量は向きをもつ量であり、入射方向を正とすると、逆向きに散乱された光子の運動量は負となる。
陽子の速さは光速の0.13倍であり、相対論的効果を無視してニュートン力学を適用する(非相対論的近似)。この近似では、陽子の運動量はmVₕ、運動エネルギーは½mVₕ²で表される。
(3) ①の両辺にcを掛けると
E+E′=mVₕc ……③ [E′の消去を目指す]
②より
E−E′=½mVₕ² ……④
③+④より
2E=mVₕc+½mVₕ²
∴ E=½mVₕc+¼mVₕ²
E=½(1.67×10⁻²⁷)(3.9×10⁷)(3.0×10⁸)+¼(1.67×10⁻²⁷)(3.9×10⁷)²
=9.7695×10⁻¹²+6.3502×10⁻¹³ ≒1.0405×10⁻¹¹ J
1 MeV=1.6×10⁻¹³ Jより
E=(1.0405×10⁻¹¹)/(1.6×10⁻¹³) MeV ≒65 MeV
(4) 光子がもちうるエネルギーの上限は
10.6+5.3=15.9 ≒16 MeV
実際には生成される炭素原子核も反跳するため、光子のエネルギーはこれより小さい。
一方、(3)より、陽子を3.9×10⁷ m/sで反跳させるには、約65 MeVの光子が必要となる。
核反応で供給できるエネルギーよりも必要な光子のエネルギーが大きいため、未知の放射線をγ線と考えることは困難である。
(5) 運動量保存則より
mₙv=mₙv′+MV ……⑤
力学的エネルギー保存則より
½mₙv²=½mₙv′²+½MV² ……⑥
[補足]入射方向を正とし、衝突後の中性粒子v′も同じ向きを正として運動量保存則を立てる。v′は符号を含む速度であり、逆向きに反跳する場合は計算結果が負となる。
完全弾性衝突であるから、衝突前後で力学的エネルギーが保存する。
反発係数eは主に巨視的な物体の衝突で用いられるが、原子核の衝突にも適用できる。ただし、原子核の衝突では、運動量保存則とエネルギー保存則を基本に考える方が一般性が高い。
(6) ⑤より
mₙ(v−v′)=MV ……⑦
⑥より
mₙ(v²−v′²)=MV²
よって
mₙ(v−v′)(v+v′)=MV²
⑦を代入すると
MV(v+v′)=MV²
V≠0より
v+v′=V ……⑧
⑧の v′=V−v を⑦に代入すると
mₙ(2v−V)=MV
∴ V=2mₙv/(mₙ+M)
[補足]v′の消去を目指す。因数分解を利用して、まず質量を含まない速度の関係式⑧を導く。
なお、⑧のv+v′=Vは、反発係数 e=−(v′−V)/(v−0)=1 から得られる関係式と一致する。
難しければ、⑤より v′=v−(M/mₙ)V とし、これを⑥に直接代入してもよい。
mₙv²=mₙv²−2MvV+(M²/mₙ)V²+MV²
よって
2MvV=(M²/mₙ+M)V²
MV≠0より
2v=(M/mₙ+1)V
∴ V=2mₙv/(mₙ+M)
(7) (6)より、陽子の反跳速度は
Vₕ=2mₙv/(mₙ+m)=3.9×10⁷ m/s ……⑨
同様に、窒素原子核の反跳速度は
Vₙ=2mₙv/(mₙ+14m)=5.2×10⁶ m/s
両式の比をとると
Vₕ/Vₙ=(mₙ+14m)/(mₙ+m)=(3.9×10⁷)/(5.2×10⁶)=7.5
mₙ+14m=7.5(mₙ+m) より mₙ=m
∴ mₙ/m=1
[補足]2つの反跳速度の式には未知の入射速度vが共通して含まれるため、比をとることでvを消去する。これにより、入射速度を知らなくても、反跳速度の測定結果から中性粒子の質量を決定できる。
(8) ⑨と mₙ=m より
v=((mₙ+m)/(2mₙ))Vₕ=((m+m)/(2m))Vₕ=Vₕ=3.9×10⁷ m/s
また、衝突前の中性粒子の運動エネルギーは
K=½mₙv²=½(1.67×10⁻²⁷)(3.9×10⁷)²≒1.27×10⁻¹² J
1 MeV=1.6×10⁻¹³ Jより
K=(1.27×10⁻¹²)/(1.6×10⁻¹³) MeV≒7.9 MeV
[補足]静止した同じ質量の物体に正面弾性衝突すると、入射粒子は停止し、標的粒子が入射速度を引き継ぐ。よって、今回は陽子の反跳速度が中性粒子の入射速度に等しくなる。
(9) 核反応後の中性子と炭素原子核の運動エネルギーの総和は
5.7+5.3=11.0 MeV
(8)より、中性粒子の運動エネルギーは7.9 MeVであり、総和の11.0 MeVを超えない。
よって、中性粒子仮説は、エネルギー保存則によって禁止されるものではない。
[補足]これはエネルギー保存則から得られる必要条件を確認しただけであり、実際に反応が起こりうるかを判断するには、運動量保存則も考慮する必要がある。
