
静止している標的原子核Bに、質量mの粒子Aを速さvで衝突させると、吸熱核反応 A + B → C + D が起こるものとする。
標的原子核Bの質量をM、反応後の粒子C、Dの質量をそれぞれm_C、m_Dとする。核反応前の静止質量の総和から反応後の静止質量の総和を引いた値をΔmとし、核反応のQ値をQ = Δmc² < 0で定義する。
入射粒子Aの運動エネルギーをK₀ = ½mv²とする。
核反応の前後で運動量とエネルギーは保存され、すべての粒子は同一直線上を運動し、その速さは光速に比べて十分小さい。速度は向きを考慮して正負の符号をつけて表す。
重心系とは、粒子系全体の重心が静止している座標系である。また、質量欠損による全質量の変化は、重心運動の計算では無視する。
(1) この核反応のQ値Qをm、M、m_C、m_D、cを用いて表せ。また、Q < 0は、核反応前後の静止質量の総和と運動エネルギーの総和について何を意味するか。
(2) 核反応前後の運動エネルギーの総和をそれぞれK、K′とする。K′ − KをQで表し、この反応が起こるためのK₀の必要条件を求めよ。
(3) 反応後の粒子C、Dの速度をv_C、v_Dとし、核反応前後の運動量保存則を表せ。また、反応後の2粒子の重心速度Vをm、v、m_C、m_Dを用いて表せ。
(4) 核反応が起こるために必要な入射粒子の運動エネルギーの最小値をしきいエネルギーK_thという。反応後の相対運動の運動エネルギーが0となるとき、しきいエネルギーに達する。このときv_C = v_D = Vとなる理由を説明し、反応後の運動エネルギーの総和K′をm、m_C、m_D、K₀を用いて表せ。
(5) (2)、(4)の結果から、この核反応のしきいエネルギーK_thが次で表されることを示せ。
K_th = −Q(m_C + m_D)/(m_C + m_D − m)
(6) 核反応による質量欠損が粒子の質量に比べて十分小さく、m_C + m_D ≈ m + Mと近似できる場合、(5)の結果が次で表されることを示せ。
K_th ≈ −Q(1 + m/M)
(7) (6)を用いて、Q = −3.00 MeV、m = 2 u、M = 3 uの場合のしきいエネルギーを有効数字3桁で求めよ。また、K₀ = 3.00 MeVでは反応が起こらない理由を説明せよ。
(8) Qと入射粒子の質量mを一定としたとき、標的原子核の質量Mを十分大きくすると、しきいエネルギーはどのような値に近づくか。その理由を説明せよ。
【解答】
(1) 核反応のQ値は
Q = Δmc² = (m + M − m_C − m_D)c²
Q < 0のとき、m + M < m_C + m_D。
よって、反応後の静止質量の総和は反応前より大きい。
静止質量の増加分に相当するエネルギー −Q = |Q| は運動エネルギーから供給されるため、反応後の運動エネルギーの総和は反応前より|Q|だけ小さくなる。
(2) エネルギー保存則より
K + (m + M)c² = K′ + (m_C + m_D)c²
整理すると、K′ − K = Q。
標的核Bは静止しているからK = K₀であり、K′ = K₀ + Q。
運動エネルギーの総和は負にならないからK′ ≥ 0より、K₀ ≥ −Q。
[補足]運動量保存則を考慮していないため、これは必要条件にすぎない。
(3) 標的核Bは静止しているから、運動量保存則より
mv = m_C v_C + m_D v_D
重心速度は全運動量を全質量で割ったものであるから、
V = (m_C v_C + m_D v_D)/(m_C + m_D) = mv/(m_C + m_D)
(4) 入射粒子の運動エネルギーがしきいエネルギーに達するとき、相対運動の運動エネルギーは0となるから、相対速度v_C − v_D = 0である。
v_C = v_Dであり、このとき、重心速度は
V = (m_C v_C + m_D v_C)/(m_C + m_D)
= [(m_C + m_D)v_C]/(m_C + m_D) = v_C
ゆえに、v_C = v_D = V。
したがって、反応後の運動エネルギーの総和は
K′ = ½m_C V² + ½m_D V² = ½(m_C + m_D)V²
= ½(m_C + m_D)[mv/(m_C + m_D)]²
= [m/(m_C + m_D)] × ½mv²
K₀ = ½mv²より、K′ = [m/(m_C + m_D)]K₀。
[補足:しきいエネルギーに達するとき反応後の2粒子の速度が等しくなる理由]
前の記事で示したように、全運動エネルギーは重心運動と相対運動のエネルギーに分けられる。
K′ = K_G + K_R = ½(m_C + m_D)V² + ½μ(v_C − v_D)²
換算質量:μ = m_C m_D/(m_C + m_D)
反応後の2粒子の全運動量mvを一定とすると、重心速度V = mv/(m_C + m_D)も一定である。
よって、重心運動のエネルギーK_G = ½(m_C + m_D)V²も一定となる。
ゆえに、相対運動のエネルギーK_Rが最小のとき、全運動エネルギーK′も最小となる。
エネルギー保存則K′ = K₀ + Qより、Qが一定ならば、K′が小さいほど必要なK₀も小さい。
したがって、しきいエネルギーに達するとき、K_R = 0となり、v_C = v_D = Vが成り立つ。
つまり、しきいエネルギーでは反応後の2粒子が重心系でともに静止している。
(5) 入射粒子の運動エネルギーがしきいエネルギーK_thに達するとき、K₀ = K_thであるから、
(2) K′ − K_th = Q、(4) K′ = [m/(m_C + m_D)]K_thより、
[m/(m_C + m_D)]K_th − K_th = Q
よって、K_th[1 − m/(m_C + m_D)] = −Q。
したがって、K_th = −Q(m_C + m_D)/(m_C + m_D − m)。
[補足]
一般に核反応が起こる条件はK₀ ≥ K_th。
本問では、核反応が起こるために必要な入射粒子の運動エネルギーの最小値(しきいエネルギー)を考えるから、K₀ = K_th。
(6) K_th = −Q(m_C + m_D)/(m_C + m_D − m)
≈ −Q(m + M)/(m + M − m)
= −Q(m + M)/M
= −Q(1 + m/M)
(7) (6)より、
K_th ≈ −Q(1 + m/M)
= −(−3.00)(1 + 2 u/3 u)
≈ 5.00 MeV
一方、K₀ = 3.00 MeVでは、(2)よりK′ = K₀ + Q = 3.00 − 3.00 = 0となる。
K′ = 0ならば、反応後の2粒子はともに静止しなければならない。
しかし、入射粒子Aは運動量mvをもっており、反応後も全運動量は保存される。
よって、反応後の2粒子がともに静止することはできず、K₀ = 3.00 MeVでは反応は起こらない。
[補足:吸熱核反応でしきいエネルギーが−Qより大きくなる理由]
入射粒子が運動量をもつため、反応後の粒子も全体として運動量をもつ必要がある。
よって、入射粒子の運動エネルギーのすべてを静止質量の増加に使うことはできず、反応後の重心運動にも運動エネルギーが必要となるため、K_th > −Qとなる。
発熱核反応(Q > 0)では、静止質量の減少によってエネルギーが放出されるため、エネルギー保存則と運動量保存則による正のしきいエネルギーは必要ない。
(8) (6)より、K_th ≈ −Q(1 + m/M)。
Q、mを一定としてMを十分大きくすると、m/M → 0であるから、K_th → −Q。
しきいエネルギーに達するとき、相対運動のエネルギーが0であるから、K′ = K_Gである。
(2)よりK′ = K_th + Qなので、重心運動のエネルギーは
K_G = K_th + Q ≈ −Q(1 + m/M) + Q = −Qm/M。
Mが十分大きいときK_G → 0となるため、入射粒子の運動エネルギーのほぼすべてを静止質量の増加に利用できる。
