硫化水素の2段階電離と硫化物沈殿生成pH

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金属イオンの硫化物沈殿が酸性条件と中性・塩基性条件で変化することやそれを利用して金属イオンを分離することは無機化学で詳しく学習する。

sulfide-deposition
硫化水素 H₂S は, 水中で2段階で電離する. H₂S ⇄[K₁] H⁺ + HS⁻   K₁ = [H⁺][HS⁻]/[H₂S] = 1.0×10⁻⁷ mol/L HS⁻ ⇄[K₂] H⁺ + S²⁻   K₂ = [H⁺][S²⁻]/[HS⁻] = 1.0×10⁻¹⁴ mol/L 水に対する難溶性の硫化物の溶解度積を以下とする. Ksp(CuS) = [Cu²⁺][S²⁻] = 6.5×10⁻³⁰ (mol/L)² Ksp(ZnS) = [Zn²⁺][S²⁻] = 2.2×10⁻¹⁸ (mol/L)² Ksp(FeS) = [Fe²⁺][S²⁻] = 2.5×10⁻⁹ (mol/L)² (1) 0.10 mol/L の H₂S 水溶液の pH を求めよ. (2) 水に溶解した H₂S のモル濃度を [H₂S]全体 で表す. 物質収支の条件を考慮し, [S²⁻] を [H₂S]全体, [H⁺], K₁, K₂ を用いて表せ. (3) Cu²⁺, Zn²⁺, Fe²⁺ がそれぞれ 0.10 mol/L 含まれる水溶液に, pH を一定に保ったまま H₂S を十分に通じる. pH=2 に保った場合と pH=8 に保った場合に生じる沈殿の化学式を答えよ. ただし, pH によらず飽和溶液中では [H₂S]=0.10 mol/L とする. (4) Fe²⁺ が 0.10 mol/L 含まれる水溶液に H₂S を通しながら pH を少しずつ変化させた. 水溶液中の Fe²⁺ の90%が沈殿したときの pH を求めよ. ただし, pH によらず飽和溶液中では [H₂S]=0.10 mol/L とする. log₁₀2 = 0.30 (1) H₂S の電離と pH K₁ ≫ K₂ より, 第2電離は無視できる. H₂S のモル濃度を c (mol/L), 第1段階の電離度を α とする. 電離前 c 変化量 −cα 電離後 c(1−α), H⁺, HS⁻それぞれcα よって K₁ = [H⁺][HS⁻]/[H₂S] = cα²/(1−α) ここで 1−α ≒ 1 より K₁ = cα² → α = √(K₁/c) [H⁺] = cα = c×√(K₁/c) = √(cK₁) [H⁺] = √(0.10 mol/L × 1.0×10⁻⁷ mol/L) = 1.0×10⁻⁴ mol/L ∴ pH = −log₁₀[H⁺] = −log₁₀(1.0×10⁻⁴) = 4.0 弱酸かつ K₁ ≫ K₂ のとき第2電離以降を無視できると考えてよい. 結局, 硫化水素 H₂S 水溶液の pH は, 1価の弱酸 CH₃COOH と同様の扱いで求められる. α < 0.05 と仮定して近似 1−α ≒ 1 を適用すると K₁ = [H⁺][HS⁻]/[H₂S] ≒ cα² このとき α = √(K₁/c) = √(1.0×10⁻⁷ / 0.10) = 1.0×10⁻³ < 0.05 より, 近似は妥当である. (2) 物質収支と [S²⁻] の一般式 H₂S の2段階の電離をまとめると H₂S ⇄[K] 2H⁺ + S²⁻ K = [H⁺]²[S²⁻]/[H₂S] = [H⁺][HS⁻]/[H₂S] × [H⁺][S²⁻]/[HS⁻] = K₁×K₂ [H₂S]全体 = [H₂S]未電離 + [HS⁻] + [S²⁻](物質収支の条件) [H₂S]全体 = [H⁺]²[S²⁻]/(K₁K₂) + [H⁺][S²⁻]/K₂ + [S²⁻]      = [S²⁻]×([H⁺]²/(K₁K₂) + [H⁺]/K₂ + 1)      = [S²⁻]×([H⁺]² + K₁[H⁺] + K₁K₂)/(K₁K₂) ∴ [S²⁻] = (K₁K₂/([H⁺]² + K₁[H⁺] + K₁K₂)) × [H₂S]全体 【補足】 物質収支の条件とは, ある元素(S原子)に着目した電離前後の濃度の関係式である. H₂Sが水に溶解したとき, S原子は H₂S, HS⁻, S²⁻ のいずれかの状態で存在する. [HS⁻] は K₂ = [H⁺][S²⁻]/[HS⁻] を用いて [S²⁻] で表せる. また, 2つの平衡式の合体式の平衡定数は, 各平衡定数の積(または商)で表せる. [H₂S] は K₁K₂ = [H⁺]²[S²⁻]/[H₂S] を用いて [S²⁻] で表せる. (3) 沈殿生成の判定 K₁K₂ = 1.0×10⁻⁷ × 1.0×10⁻¹⁴ = 1.0×10⁻²¹ (mol/L)² pH = 2 のとき [H⁺] = 1.0×10⁻² mol/L [S²⁻] = (1.0×10⁻²¹ × 0.10)/(1.0×10⁻²)² = 1.0×10⁻¹⁸ mol/L [Cu²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻¹⁸ = 1.0×10⁻¹⁹ 1.0×10⁻¹⁹ > 6.5×10⁻³⁰ = Ksp(CuS) [Zn²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻¹⁸ = 1.0×10⁻¹⁹ 1.0×10⁻¹⁹ < 2.2×10⁻¹⁸ = Ksp(ZnS) [Fe²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻¹⁸ = 1.0×10⁻¹⁹ 1.0×10⁻¹⁹ < 2.5×10⁻⁹ = Ksp(FeS) ∴ pH = 2 のとき, CuS のみ沈殿する. pH = 8 のとき [H⁺] = 1.0×10⁻⁸ mol/L [S²⁻] = (1.0×10⁻²¹ × 0.10)/(1.0×10⁻⁸)² = 1.0×10⁻⁶ mol/L [Cu²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻⁶ = 1.0×10⁻⁷ 1.0×10⁻⁷ > 6.5×10⁻³⁰ = Ksp(CuS) [Zn²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻⁶ = 1.0×10⁻⁷ 1.0×10⁻⁷ > 2.2×10⁻¹⁸ = Ksp(ZnS) [Fe²⁺][S²⁻] = 0.10 × 1.0×10⁻⁶ = 1.0×10⁻⁷ 1.0×10⁻⁷ > 2.5×10⁻⁹ = Ksp(FeS) ∴ pH = 8 のとき, CuS, ZnS, FeS がすべて沈殿する. 【補足】 沈殿の生成判定は, 各イオンのモル濃度の積 Qsp と溶解度積 Ksp を比較することで行う. Qsp > Ksp ならば沈殿する. 問題で [H₂S]=0.10 mol/L と pH([H⁺]) が与えられているので, K₁K₂ を利用できる. pH を小さく([H⁺] を大きく)すると, H₂S ⇄ 2H⁺ + S²⁻ が左に移動し [S²⁻] が小さくなる. pH を大きく([H⁺] を小さく)すると, 平衡は右に移動し [S²⁻] が大きくなる. ∴ 酸性では一部の金属イオンのみ沈殿し, 塩基性では多くの金属イオンが沈殿する. (4) Fe²⁺ の90%が沈殿するときの pH [Fe²⁺] = 0.10 × (100−90)/100 = 1.0×10⁻² mol/L Ksp(FeS) = [Fe²⁺][S²⁻] = 1.0×10⁻² × [S²⁻] = 2.5×10⁻⁹ (mol/L)² [S²⁻] = 2.5×10⁻⁹ / 1.0×10⁻² = 2.5×10⁻⁷ mol/L [H⁺] = √((K₁K₂[H₂S])/[S²⁻]) = √((1.0×10⁻²¹ × 0.10)/2.5×10⁻⁷) = 2.0×10⁻⁸ mol/L pH = −log₁₀[H⁺] = −log₁₀(2.0×10⁻⁸) = −log₁₀2 − log₁₀10⁻⁸ = −0.30 + 8 = 7.7 ∴ pH = 7.7 【補足】 90%が沈殿したということは, 水中に残る Fe²⁺ は10%. 沈殿が生じているため溶液は飽和状態であり, 溶解度積から [S²⁻] が求められる. [H₂S]未電離 = 0.10 mol/L なので, K₁K₂ = [H⁺]²[S²⁻]/[H₂S]未電離 を利用して [H⁺] が求まる.
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