
反応エンタルピーの総和は反応前後の物質の種類と状態のみで決まり, 変化の経路にはよらない。
下エネルギー図の熱量のうち, x (COの生成エンタルピー)は実験での測定が難しい。
C (黒鉛)を燃焼させると, COと同時にCO₂も生じてしまうからである。
一方, CやCOの燃焼エンタルピーは実験で測定でき, それぞれ −394 kJ, −283 kJ である。
ヘスの法則に基づくと, x + (−283) = −394 より, x = −111 kJ と求められる。
エネルギー図を書くと視覚的にわかりやすくなるが, そもそも書くのが面倒なことが多い。
普通, 未知の反応エンタルピーは ΔH を付した化学反応式を数学のように連立して求める。
C (黒鉛) + O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −394 kJ ……①
CO (気) + 1/2 O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −283 kJ ……②
①−② で CO₂ を消去すると,
C (黒鉛) + 1/2 O₂ (気) → CO (気) ΔH = −111 kJ
ヘスの法則は要はエネルギー保存則だが, その確立よりも前に発見されたためにヘスの名を残す。
各物質のHは状態に応じて決まっており, 化学反応ではその差が ΔH となるために成り立つ。
既知の ΔH と未知の ΔH を付した化学反応式の双方を作成し, どのように連立すべきかを考える。
既知の ΔH を付した化学反応式が上の①, ②, 未知の ΔH を付した化学反応式が次の③である。
C (黒鉛) + 1/2 O₂ (気) → CO (気) ΔH = x kJ ……③
さて, ①と②から③を導くことを考える。
まず CO₂ を消去するとよさそうなので, とりあえず ①−② を計算してみる(ΔH も ①−②)。
すると, C (黒鉛) − CO (気) + 1/2 O₂ (気) → 0 となり, CO (気) を移項すると③が導かれる。
(反応エンタルピー) = (生成物の生成エンタルピーの総和) − (反応物の生成エンタルピーの総和)
※ 単体の生成エンタルピーは 0 とする。
生成エンタルピーは常に単体の 0 が基準になる。
よって, 生成物と反応物の生成エンタルピーの差が反応エンタルピーとなる。
x = b − a [kJ]
(1) 次の化学反応式からエチレン C₂H₄ の燃焼エンタルピーを求め, 整数値で答えよ。
2C (黒鉛) + 2H₂ (気) → C₂H₄ (気) ΔH = 52 kJ ……①
C (黒鉛) + O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −394 kJ ……②
H₂ (気) + 1/2 O₂ (気) → H₂O (液) ΔH = −286 kJ ……③
(2) メタン CH₄, 黒鉛 C, 水素 H₂ の燃焼エンタルピーはそれぞれ −891 kJ/mol, −394 kJ/mol, −286 kJ/mol である。
メタン CH₄ の生成エンタルピーを整数値で答えよ。
(1) エチレン C₂H₄ の燃焼エンタルピーを x [kJ/mol] とする。
C₂H₄ (気) + 3O₂ (気) → 2CO₂ (気) + 2H₂O (液) ΔH = x kJ ……④
①, ②, ③ はそれぞれ C₂H₄ (気), C (黒鉛), H₂ (気) の生成エンタルピーである。
反応エンタルピーと生成エンタルピーの関係より
x = { (−394 × 2) + (−286 × 2) } − (52 + 0) = −1412 kJ
∴ −1412 kJ/mol
別解:
④ = ① × (−1) + ② × 2 + ③ × 2 より
x = 52 × (−1) + (−394 × 2) + (−286 × 2) = −1412 kJ
∴ −1412 kJ/mol
解説メモ
まず, 求める燃焼エンタルピーを x とおき, 化学反応式を作成する。
①〜③ が生成エンタルピーであることを見抜ければ, 生成エンタルピーの公式を適用できる(本解)。
(反応エンタルピー) = (生成物の生成エンタルピーの総和) − (反応物の生成エンタルピーの総和)
公式を使える問題ばかりではないので, 普遍的な解法も示しておく(別解1)。
①〜③の中で1つの式にしかない物質に着目し, ①〜③から④を作ることを考える。
④の左辺に C₂H₄ (気) がある。これは①の右辺にしかないので「+①×(−1)」をする。
④の右辺に CO₂ (気) がある。これは②の右辺にしかないので「+②×2」する。
④の右辺に H₂O (液) がある。これは③の右辺にしかないので「+③×2」する。
結局, ①×(−1) + ②×2 + ③×2 を計算すると④になる。
複数の式にまたがる C (黒鉛), H₂ (気), O₂ (気) は自動的に消去される。
別解2はエネルギー図を使って求めるものである。
本問では本解や別解1が簡潔なので推奨されない。
しかし, エネルギー図は視覚的にわかりやすく, その作成が問われることも多い。
x を求めるときは, 矢印の向きと正負に注意する必要がある。
求める x の矢印と逆向きのエンタルピー変化は符号を逆にして計算する。
一旦すべて正の値で計算し, 後で ΔH の符号を考える方法もある。
例:|x| = 52 + 394×2 + 286×2 = 1412 → x < 0 より x = −1412 kJ
矢印が逆向きにならないよう, 起点と終点をうまく選び,
時計回りと反時計回りで辿る方法もある。
この場合, 上から2段目を起点, 最下段を終点とし,
反時計回りと時計回りで辿れば, −394×2−286×2 = 52 + x より x = −1412 kJ。
(2) メタン CH₄ の生成エンタルピーを x [kJ/mol] とする。
CH₄ (気) + 2O₂ (気) → CO₂ (気) + 2H₂O (液) ΔH = −891 kJ ……①
C (黒鉛) + O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −394 kJ ……②
H₂ (気) + 1/2 O₂ (気) → H₂O (液) ΔH = −286 kJ ……③
C (黒鉛) + 2H₂ (気) → CH₄ (気) ΔH = x kJ ……④
④ = ② + ③×2 + ①×(−1) より
x = (−394) + (−286×2) + (−891)×(−1) = −75 kJ
∴ −75 kJ/mol
別解:
① の反応エンタルピー式において
−891 = { (−394) + (−286×2) } − (x + 0) より
x = −75 kJ
∴ −75 kJ/mol
黒鉛 C, 水素 H₂, アセチレン C₂H₂ (気) の燃焼エンタルピーは −394 kJ, −286 kJ, −1297 kJ,
ベンゼン C₆H₆ (液) の生成エンタルピーは 50 kJ である。
アセチレン C₂H₂ (気) 3 mol からベンゼン C₆H₆ (液) 1 mol が生成するときの反応エンタルピーを整数値で答えよ。
C (黒鉛) + O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −394 kJ ……①
H₂ (気) + 1/2 O₂ (気) → H₂O (液) ΔH = −286 kJ ……②
C₂H₂ (気) + 5/2 O₂ (気) → 2CO₂ (気) + H₂O (液) ΔH = −1297 kJ ……③
6C (黒鉛) + 3H₂ (気) → C₆H₆ (液) ΔH = 50 kJ ……④
求める反応エンタルピーを x [kJ/mol] とする。
3C₂H₂ (気) → C₆H₆ (液) ΔH = x kJ ……⑤
⑤ = ③×3 + ④ − ①×6 − ②×3 より
x = (−1297×3) + 50 − (−394×6) − (−286×3) = −619 kJ
∴ −619 kJ/mol
解説メモ
1つの式にしかない物質に着目し, ①〜④ から ⑤ を作ることを考える。
C₂H₂ は③, C₆H₆ は④にしかないので, ③×3 + ④ を計算することになる。
基本的な問題ではここまでで目的の式が得られる。
しかし, 複雑な問題では単に組み合わせるだけでは目的の式が得られないことがある。
本問でも③×3 + ④だけでは余計な物質が残る。
③と④のみで考えると, C₂H₂ と C₆H₆ 以外の物質も1つの式にしかないからである。
残りの①と②を使って余計な物質を消去する必要がある。
一旦③×3 + ④を計算すると,
3C₂H₂ + 15/2 O₂ + 6C + 3H₂ → C₆H₆ + 6CO₂ + 3H₂O
これと①, ②を見比べると, ①×6 と ②×3 を引けば目的の反応が得られる。
【メタンハイドレート】
メタンハイドレート (CH₄)₄·(H₂O)₂₃ は, 水分子とメタン分子からなる氷状の固体結晶であり,
将来のエネルギー資源として期待されている。
メタン, 二酸化炭素 (気), 水 (液) の生成エンタルピーをそれぞれ −75 kJ/mol, −394 kJ/mol, −286 kJ/mol,
メタンが水に取り込まれてメタンハイドレート (固) が生成するときに発生する熱を Q₀ [kJ] とするとき,
メタンハイドレート (固) の燃焼エンタルピーを Q₀ を用いて表せ。
C (固) + 2H₂ (気) → CH₄ (気) ΔH = −75 kJ ……①
C (固) + O₂ (気) → CO₂ (気) ΔH = −394 kJ ……②
H₂ (気) + 1/2 O₂ (気) → H₂O (液) ΔH = −286 kJ ……③
4CH₄ (気) + 23H₂O (液) → (CH₄)₄·(H₂O)₂₃ (固) ΔH = −Q₀ kJ ……④
求める燃焼エンタルピーを x [kJ/mol] とする。
(CH₄)₄·(H₂O)₂₃ (固) + 8O₂ (気) → 4CO₂ (気) + 31H₂O (液) ΔH = x kJ ……⑤
⑤ = ④×(−1) + ②×4 + ①×(−4) + ③×8 より
x = Q₀ + (−394×4) + (−75×(−4)) + (−286×8)
= Q₀ − 3564 kJ
∴ 燃焼エンタルピー = Q₀ − 3564 kJ/mol
解説メモ
④は発熱反応であるから, ΔH < 0 である。
(CH₄)₄·(H₂O)₂₃ は④, CO₂ は②にしかないから, まず ④×(−1) + ②×4 を計算する。
(CH₄)₄·(H₂O)₂₃ (固) + 4C (固) + 4O₂ (気) → 4CH₄ (気) + 4CO₂ (気) + 23H₂O (液)
CH₄ を消去するため, ①×(−4) を足すと
(CH₄)₄·(H₂O)₂₃ (固) + 4O₂ (気) → 8H₂ (気) + 4CO₂ (気) + 23H₂O (液)
H₂ を消去するため, ③×8 を足すと
(CH₄)₄·(H₂O)₂₃ (固) + 8O₂ (気) → 4CO₂ (気) + 31H₂O (液)
となり, 最終的に求める燃焼反応が導かれる。
