
沈殿の生成により, 水溶液中の残存イオンの濃度が最初の濃度の0.1 %以下になれば, 沈殿が完全に終了したとみなす.
1.0×10⁻² mol/Lの硝酸銀水溶液と2.0×10⁻² mol/Lの硝酸鉛(Ⅱ)水溶液の混合水溶液にNaCl水溶液を加え, 2種類の金属イオンの一方のみを沈殿させて分離できるか. NaCl水溶液の添加による体積変化はない.
Ksp(AgCl) = [Ag⁺][Cl⁻] = 2.0×10⁻¹⁰ (mol/L)²
Ksp(PbCl₂) = [Pb²⁺][Cl⁻]² = 1.8×10⁻⁵ (mol/L)³
[Ag⁺] = 1.0×10⁻² mol/Lより, AgClが沈殿し始めるときのCl⁻のモル濃度は
[Cl⁻]AgCl = Ksp(AgCl) / [Ag⁺] = 2.0×10⁻¹⁰ / 1.0×10⁻² = 2.0×10⁻⁸ mol/L
[Pb²⁺] = 2.0×10⁻² mol/Lより, PbCl₂が沈殿し始めるときのCl⁻のモル濃度は
[Cl⁻]PbCl₂ = √(Ksp(PbCl₂) / [Pb²⁺]) = √(1.8×10⁻⁵ / 2.0×10⁻²) = 3.0×10⁻² mol/L
よって, Cl⁻(NaCl水溶液)を加えていくと, AgClが先に沈殿し始める.
その後, PbCl₂が沈殿し始めるときのAg⁺のモル濃度は
[Ag⁺]PbCl₂ = Ksp(AgCl) / [Cl⁻]PbCl₂ = 2.0×10⁻¹⁰ / 3.0×10⁻² = 6.7×10⁻⁹ mol/L
よって [Ag⁺]PbCl₂ / [Ag⁺]最初 ×100 = (6.7×10⁻⁹ / 1.0×10⁻²)×100 = 6.7×10⁻⁵ % ≤ 0.1 %
∴ PbCl₂の沈殿が始まるときにはAg⁺は最初の0.1 %以下になるから, 分離できる.
(補足)
硝酸塩は易溶性であるから, AgNO₃とPb(NO₃)₂は水溶液中で100 %電離すると考えてよい.
AgNO₃ → Ag⁺ + NO₃⁻
Pb(NO₃)₂ → Pb²⁺ + 2NO₃⁻
よって, 1.0×10⁻² mol/LのAgNO₃水中には1.0×10⁻² mol/LのAg⁺が存在する(Pb²⁺も同様).
ここにCl⁻(NaCl)を加えると, 難溶性の塩であるAgClとPbCl₂が沈殿する.
ただし, 同じ難溶性の塩でも水に対する溶けやすさが異なり, 溶けにくいほうから先に沈殿する.
このことを利用すると, Ag⁺とPb²⁺を分離することができる.
まず, AgClとPbCl₂を沈殿させるために必要なCl⁻のモル濃度を求める.
各イオンのモル濃度の積Qsp = 溶解度積Ksp となった瞬間から沈殿が始まることを利用する.
計算結果から, 沈殿に必要なCl⁻のモル濃度が小さいAgClから先に沈殿し始めるとわかる.
仮に溶液を1 Lとすると, 加えたCl⁻が2.0×10⁻⁸ molを超えたときからAgClが沈殿し始める.
さらに, 加えたCl⁻が3.0×10⁻² molを超えるとPbCl₂も沈殿し始める.
PbCl₂の沈殿開始時の[Ag⁺]が最初の0.1 %以下になっていれば, Ag⁺とPb²⁺の分離成功である.
PbCl₂の沈殿開始時のCl⁻の濃度は, すでに求めたように[Cl⁻]PbCl₂ = 3.0×10⁻² mol/Lである.
ここで, AgClは[Cl⁻]AgCl = 2.0×10⁻⁸ mol/Lで沈殿し始めて以降, 常に飽和状態である.
よって, [Ag⁺][Cl⁻] = 2.0×10⁻¹⁰ (mol/L)²がずっと成立している.
ゆえに, PbCl₂沈殿開始時の[Ag⁺] = Ksp(AgCl)/[Cl⁻]PbCl₂ とできる.
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沈殿滴定(モール法)
濃度未知のNaCl水溶液25 mL(試料)に指示薬としてK₂CrO₄水溶液を加え, 0.10 mol/LのAgNO₃水溶液で滴定した.
AgNO₃の滴下を開始すると, 直ちに試料中にAgCl沈殿が生じ始め, 当量点を超えるとAg₂CrO₄沈殿が生じ始めた.
当量点までに要したAgNO₃の体積は18 mLであった.
滴定による体積変化は無視し, 溶液は常に中性であるとする (ただし, (5)(6)では酸性・塩基性の条件を別に考える).
√1.8=1.34
Ksp(AgCl) = [Ag⁺][Cl⁻] = 1.8×10⁻¹⁰ (mol/L)²
Ksp(Ag₂CrO₄) = [Ag⁺]²[CrO₄²⁻] = 3.6×10⁻¹² (mol/L)³
Ksp(Ag₂O) = [Ag⁺]²[OH⁻]² = 1.8×10⁻¹⁶ (mol/L)⁴
Kw = [H⁺][OH⁻] = 1.0×10⁻¹⁴ (mol/L)²
(1) AgClとAg₂CrO₄の溶解平衡における反応式をそれぞれ示せ(固体は(固)で表す). また, AgClとAg₂CrO₄の沈殿の色を答えよ.
(2) 当量点におけるAg⁺のモル濃度を求めよ.
(3) 当量点に達すると同時にAg₂CrO₄が沈殿し始めるようにするには, 試料中のCrO₄²⁻のモル濃度をいくらにしておけばよいか.
(4) 最初にあったNaCl水溶液のモル濃度を求めよ.
(5) 強酸性条件下では, CrO₄²⁻がCr₂O₇²⁻に変化して指示薬として働かなくなる. このときの反応をイオン反応式で示せ.
(6) 塩基性条件下では, Ag₂Oの褐色沈殿が生じて滴定を妨害する. このときの反応をイオン反応式で示せ.
(7) 滴定の途中でAg₂Oが沈殿しないようにするための溶液のpHの条件を求めよ.
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AgCl(固) ⇄ Ag⁺ + Cl⁻ 白色沈殿
Ag₂CrO₄(固) ⇄ 2Ag⁺ + CrO₄²⁻ 赤褐色沈殿
当量点では溶解平衡および[Ag⁺]=[Cl⁻]が成り立つから
Ksp(AgCl) = [Ag⁺]²
[Ag⁺] = √(1.8×10⁻¹⁰) = 1.34×10⁻⁵ ≒ 1.3×10⁻⁵ mol/L
(3) (2)より[Ag⁺]当量点 = 1.34×10⁻⁵ mol/L
このときAg₂CrO₄が沈殿し始める条件は
[CrO₄²⁻] = Ksp(Ag₂CrO₄) / [Ag⁺]²
= (3.6×10⁻¹²)/(1.34×10⁻⁵)² = 2.0×10⁻² mol/L
(4) 反応 Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl(固) より
Cl⁻の物質量と当量点までのAg⁺の物質量は等しい.
NaCl水溶液のモル濃度をC mol/Lとする.
C × 25/1000 = 0.10 × 18/1000
C = 7.2×10⁻² mol/L
(5) 2CrO₄²⁻ + 2H⁺ → Cr₂O₇²⁻ + H₂O
(6) 2Ag⁺ + 2OH⁻ → Ag₂O + H₂O
(7) [Ag⁺]当量点 = 1.34×10⁻⁵ mol/Lで
[Ag⁺]²[OH⁻]² ≤ Ksp(Ag₂O) が成り立てばよい.
[OH⁻] ≤ √(Ksp(Ag₂O)/[Ag⁺]²) = √((1.8×10⁻¹⁶)/(1.34×10⁻⁵)²) = 1.0×10⁻³ mol/L
[H⁺] ≥ Kw/[OH⁻] = (1.0×10⁻¹⁴)/(1.0×10⁻³) = 1.0×10⁻¹¹ mol/L
pH ≤ -log₁₀(1.0×10⁻¹¹) = 11
∴ pH ≤ 11
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補足メモ:
(2) 反応する物質の物質量が等しくなる(過不足なく反応する)理論上の点を当量点という.
モール法の場合は, 沈殿生成反応 Ag⁺ + Cl⁻ → AgCl(固) が完了する点である.
酸と塩基の反応における当量点が中和点である.
実験において, 色変化の観察などにより実際に確認できる反応完了点を終点という.
試料中のCl⁻と同じ物質量のAg⁺を加えると当量点に達し, 沈殿AgClとなる.
実際には, 難溶性塩AgClはごくわずかに溶け, 溶解平衡が成立している.
よって, 溶解度積Ksp(AgCl)を利用して[Ag⁺]を求めることができる.
(3) 滴定の進行とともに[Ag⁺]は増加していく.
当量点に達したときにちょうど Ksp(Ag₂CrO₄) = [Ag⁺]²[CrO₄²⁻] を満たすようにすればよい.
AgClの沈殿完了と同時に赤褐色沈殿Ag₂CrO₄が生じ始め, 当量点と終点がほぼ一致する.
√1.8=1.34より, 1.34²=1.8として計算している.
(4) 中和滴定と同様, 結局は反応する物質の物質量が等しいことを立式すればよい.
(試料中のCl⁻の物質量) = (AgNO₃の電離で生じるAg⁺の物質量)
(5) クロム酸イオンCrO₄²⁻と二クロム酸イオンCr₂O₇²⁻の平衡(無機化学)
2CrO₄²⁻ + 2H⁺ ⇄ Cr₂O₇²⁻ + H₂O
(酸性にする方向→右, 塩基性にする方向→左)
(6) 化学反応式 AgOH → Ag₂O + H₂O
イオン化傾向が小さいAgの水酸化物は, 常温で容易に脱水され, 酸化物となる(無機化学).
(7) 滴定の進行とともに[Ag⁺]は増加していく.
よって, 当量点に達したときに溶解度積を超えていなければ, 途中で沈殿しない.
[OH⁻]が分母にいくと不等号が逆転し, -log₁₀がつくと再び不等号が逆転する.
