
中程度の強さの酸のリン酸は, 水溶液中で3段階で電離し, 以下の電離平衡が成り立つ.
第1電離 H₃PO₄ ⇄ H⁺ + H₂PO₄⁻ K₁=7.5×10⁻³ mol/L
第2電離 H₂PO₄⁻ ⇄ H⁺ + HPO₄²⁻ K₂=6.3×10⁻⁸ mol/L
第3電離 HPO₄²⁻ ⇄ H⁺ + PO₄³⁻ K₃=4.5×10⁻¹³ mol/L
log₁₀2=0.30, log₁₀3=0.48, 水のイオン積 Kw=[H⁺][OH⁻]=1.0×10⁻¹⁴ (mol/L)²
(1) 0.10 mol/L のリン酸 H₃PO₄ 水溶液の pH を求めよ. √489 ≒ 22.2
(2) pH=7 のとき, [H₃PO₄] : [H₂PO₄⁻] : [HPO₄²⁻] : [PO₄³⁻] を求めよ.
(3) [H₃PO₄]=[H₂PO₄⁻], [H₂PO₄⁻]=[HPO₄²⁻], [HPO₄²⁻]=[PO₄³⁻] となるときの pH をそれぞれ求めよ. log₁₀7.5=0.88, log₁₀6.3=0.80, log₁₀4.5=0.65
(4) 0.10 mol/L のリン酸水溶液を 0.10 mol/L の NaOH 水溶液で中和滴定する.
第1中和点Cでは 0.10 mol/L の NaH₂PO₄ 水溶液となっており, 第2電離に加えて以下2つの電離が起こる可能性がある.
H₂PO₄⁻ + H₂O ⇄ H₃PO₄ + OH⁻ (H₂PO₄⁻の加水分解)
2H₂PO₄⁻ ⇄ H₃PO₄ + HPO₄²⁻ (H₂PO₄⁻同士の不均化反応)
K₂ と Kₕ の比較により, NaH₂PO₄ 水溶液の液性を答えよ.
近似的には不均化反応のみを考慮すればよいとして第1中和点のpHを求めよ.
0.10 mol/L リン酸水溶液の滴定曲線
(5) 細胞内では H₂PO₄⁻ と HPO₄²⁻ の混合溶液(緩衝液)になっており, pH は 7.0〜7.4 に保たれる.
10⁰·²=1.6
(a) 細胞内に H⁺ や OH⁻ が流入したとき, どのような反応が起こるか.
(b) この溶液の pH を pK₂, [H₂PO₄⁻], [HPO₄²⁻] を用いて表せ.
(c) pK₂=7.2 のとき, pH=7.4 の細胞内液の [H₂PO₄⁻] : [HPO₄²⁻] を求めよ.
(1)
K₁≫K₂より, 第2電離以降は無視できる.
リン酸 H₃PO₄ のモル濃度を c [mol/L], 第1電離の電離度を α とする.
H₃PO₄ ⇄ H⁺ + H₂PO₄⁻ (第1電離)
電離前 c 0 0
変化量 −cα +cα +cα
電離後 c(1−α) cα cα
K₁=[H⁺][H₂PO₄⁻]/[H₃PO₄]=(cα×cα)/(c(1−α))=cα²/(1−α)
cα² + K₁α − K₁ = 0 より 0.10α² + 7.5×10⁻³α − 7.5×10⁻³ = 0
α>0 より α=0.24
[H⁺]=cα=0.10×0.24=2.4×10⁻²
pH=−log₁₀[H⁺]=−log₁₀(2.4×10⁻²)=−log₁₀(24×10⁻³)=−3log₁₀2−log₁₀3−log₁₀10⁻³=−0.9−0.48+3=1.62
リン酸 H₃PO₄ は3価の弱酸で, 本項の内容は2価の弱酸 H₂CO₃ の電離平衡の項とほぼ同じである.
一般に, K₁/K₂>10⁴ のとき, 第2電離以降を無視できる.
H₂CO₃ の電離平衡と同様, α<0.05 と仮定して 1−α≒1 と近似すると K₁≒cα² となる.
このとき, α=√(K₁/c)=√(7.5×10⁻³/0.10)=√(7.5)×10⁻¹≒0.27>0.05 となり矛盾する.
よって, 近似 1−α≒1 は適用できず, α の2次方程式を解くことになる.
リン酸は弱酸に分類されるが, 中程度の強さの酸なので電離度αがやや大きく, 近似できない.
1000α²+75α−75=0 → 40α²+3α−3=0
α>0 より α=(−3+√489)/80≒(−3+22.2)/80=0.24
(4) の図のA点の pH が求まったことになる.
(2)
K₁=[H⁺][H₂PO₄⁻]/[H₃PO₄]=(10⁻⁷×[H₂PO₄⁻])/[H₃PO₄]=7.5×10⁻³ → [H₂PO₄⁻]/[H₃PO₄]=7.5×10⁴
K₂=[H⁺][HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻]=(10⁻⁷×[HPO₄²⁻])/[H₂PO₄⁻]=6.3×10⁻⁸ → [HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻]=6.3×10⁻¹
K₃=[H⁺][PO₄³⁻]/[HPO₄²⁻]=(10⁻⁷×[PO₄³⁻])/[HPO₄²⁻]=4.5×10⁻¹³ → [PO₄³⁻]/[HPO₄²⁻]=4.5×10⁻⁶
したがって
[H₃PO₄] : [H₂PO₄⁻] : [HPO₄²⁻] : [PO₄³⁻]
= 1 : 7.5×10⁴ : 7.5×10⁴×6.3×10⁻¹ : 7.5×10⁴×6.3×10⁻¹×4.5×10⁻⁶
≒ 1 : 7.5×10⁴ : 4.7×10⁴ : 2.1×10⁻¹
pH=7 付近では H₃PO₄ と PO₄³⁻ の存在割合は無視できるほど少ない.
(3)
[H₃PO₄]=[H₂PO₄⁻] のとき K₁=[H⁺]=7.5×10⁻³ mol/L
pH=−log₁₀[H⁺]=−log₁₀K₁=−log₁₀(7.5×10⁻³)=−0.88+3=2.12
[H₂PO₄⁻]=[HPO₄²⁻] のとき K₂=[H⁺]=6.3×10⁻⁸ mol/L
pH=−log₁₀K₂=−log₁₀(6.3×10⁻⁸)=−0.80+8=7.2
[HPO₄²⁻]=[PO₄³⁻] のとき K₃=[H⁺]=4.5×10⁻¹³
pH=−log₁₀K₃=−log₁₀(4.5×10⁻¹³)=−0.65+13=12.35
(4) の図のB点が [H₃PO₄]=[H₂PO₄⁻] のときである.
第1段階の中和反応 H₃PO₄ + NaOH → NaH₂PO₄ + H₂O
H₃PO₄ の半分が中和したとき [H₃PO₄]=[H₂PO₄⁻] となる (NaH₂PO₄ は塩なので100%電離).
第2段階の中和反応 NaH₂PO₄ + NaOH → Na₂HPO₄ + H₂O
NaH₂PO₄ の半分が中和したとき [H₂PO₄⁻]=[HPO₄²⁻] となる (D点).
第3段階の中和反応 Na₂HPO₄ + NaOH → Na₃PO₄ + H₂O
Na₂HPO₄ の半分が中和したとき [HPO₄²⁻]=[PO₄³⁻] となる (F点).
本問で求めたのはそれぞれ pK₁, pK₂, pK₃ である.
(4)
Kₕ=[H₃PO₄][OH⁻]/[H₂PO₄⁻]=Kw/K₁=(1.0×10⁻¹⁴)/(7.5×10⁻³)=1.3×10⁻¹² mol/L
K₂≫Kₕ より, OH⁻ よりも H⁺ が放出されるから, NaH₂PO₄ 水溶液は酸性を示す.
[H₃PO₄]=[HPO₄²⁻] より, K₁K₂=[H⁺]²
pH=−log₁₀[H⁺]=−log₁₀√(K₁K₂)=−½(log₁₀K₁+log₁₀K₂)=(pK₁+pK₂)/2
=(2.12+7.2)/2=4.66
加水分解定数 Kₕ は, 電離定数と水のイオン積 Kw を用いて表されるのであった.
式をよく観察することにより
K₄=[H₃PO₄][HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻]²=K₂/K₁=(6.3×10⁻⁸)/(7.5×10⁻³)=8.4×10⁻⁶
K₄≫K₂≫Kₕ より, 近似的に K₂ と Kₕ を無視できる.
第1中和点Cにおいて, 電離で生じた H₂PO₄⁻ は, H⁺ を放出することも受け取ることもできる.
つまり, ブレンステッドの定義において酸としても塩基としてもはたらく両性物質である.
両性物質は, 濃度が極端に薄くない限り, 濃度に関係なく [H⁺]=√(K₁K₂) となる.
第1中和点CのpHと同様にして, 第2中和点Eの Na₂HPO₄ 水溶液のpHが求められる.
[H₂PO₄⁻]=[PO₄³⁻] より
K₂K₃=([H⁺][HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻])×([H⁺][PO₄³⁻]/[HPO₄²⁻])=[H⁺]²
pH=−log₁₀[H⁺]=−log₁₀√(K₂K₃)=−½(log₁₀K₂+log₁₀K₃)=(pK₂+pK₃)/2≒9.78
第3中和点Gは, Na₃PO₄ の加水分解により強塩基の領域にある.
加えた NaOH 水溶液とほぼpHが等しく, pHジャンプは起こらない.
リン酸水溶液中の分子やイオンの存在割合(モル分率)を横軸pHのグラフで表すと以下となる.
3種類以上の分子やイオンが共存しないのは, K₁≫K₂≫K₃ だからである.
(5)
(a)
H⁺が流入すると HPO₄²⁻ + H⁺ → H₂PO₄⁻
OH⁻が流入すると H₂PO₄⁻ + OH⁻ → HPO₄²⁻ + H₂O
(b)
K₂=[H⁺][HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻]
pH=−log₁₀[H⁺]=−log₁₀(K₂×([H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻]))=−log₁₀K₂−log₁₀([H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻])
pH=pK₂−log₁₀([H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻])=pK₂+log₁₀([HPO₄²⁻]/[H₂PO₄⁻])
(c)
7.4=7.2−log₁₀([H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻]) より
log₁₀([H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻])=−0.2
[H₂PO₄⁻]/[HPO₄²⁻]=10⁻⁰·²=1/10⁰·²=1/1.6
∴ [H₂PO₄⁻] : [HPO₄²⁻] = 1 : 1.6
ここでの解説は, 緩衝液とpHの項の内容が理解できていることを前提とする.
(a) H₂PO₄⁻ ⇄ H⁺ + HPO₄²⁻ より, H₂PO₄⁻ と HPO₄²⁻ は弱酸とその共役塩基の関係にある.
したがって, その混合溶液は緩衝液である.
H⁺ を加えたとき, 塩基 HPO₄²⁻ と中和して H⁺ の増加が緩和される.
OH⁻ を加えたとき, 酸 H₂PO₄⁻ と中和して OH⁻ の増加が緩和される.
B点では, 弱酸 H₃PO₄ とその共役塩基 H₂PO₄⁻ の緩衝液である.
F点では, 弱酸 HPO₄²⁻ とその共役塩基 PO₄³⁻ の緩衝液である.
生命活動では, 中性付近で緩衝作用を示す H₂PO₄⁻/HPO₄²⁻ 緩衝系が利用されている.
(b) (2) より, 中性付近では H₃PO₄ と PO₄³⁻ の存在は無視でき, 第2電離のみの考慮で済む.
緩衝液のpHを求めるときに使われるこの式をヘンダーソン−ハッセルバルクの式という.
(c) 高校化学では, 細胞内の H₂PO₄⁻/HPO₄²⁻ 緩衝系と血液中の H₂CO₃/HCO₃⁻ 緩衝系が重要である.
