ルシャトリエの原理(平衡移動の原理)とハーバー・ボッシュ法(アンモニアの合成)

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英語名は「Le Chatelier’s principle」なので「ル・シャトリエの原理」である。ル・シャトリエはフランスの化学者。

le-chatelier-priciple
ある可逆反応が平衡状態にあるとする.} \\[.2zh] \textbf{\textcolor{red}{外部から濃度,\ 圧力,\ 温度を変えると,\ \underline{平衡はその変化を緩和する方向に移動}する.外部から与えた変化}   平衡移動の方向} \\\hline \textcolor{blue}{濃度を増やす} & \textcolor{cyan}{濃度が減少}する方向 \\\hline \textcolor{blue}{濃度を減らす} & \textcolor{cyan}{濃度が増加}する方向 \\\hline \textcolor{blue}{圧力を上げる} & \textcolor{magenta}{気体の分子数(物質量)が減少}する方向 \\\hline \textcolor{blue}{圧力を下げる} & \textcolor{magenta}{気体の分子数(物質量)が増加}する方向 \\\hline \textcolor{blue}{温度を上げる} & \textcolor{forestgreen}{吸熱反応($\bm{\Delta H>0}$)}が起こる方向 \\\hline \textcolor{blue}{温度を下げる} & \textcolor{forestgreen}{発熱反応($\bm{\Delta H<0}$)}が起こる方向 \\\hline \textcolor{blue}{触媒を加える} & \textcolor{BrickRed}{移動しない}(平衡に達する時間は短縮)   ※\ ルシャトリエの原理は,\ 化学変化以外にも,\ 溶質が溶媒に溶解する溶解平衡や \\[.2zh]    \ 気体と液体間の気液平衡などの物理変化における平衡に対しても幅広く成り立つ. \\\\[.5zh] ルシャトリエの原理は,\ 化学平衡の法則を用いて説明できる. \text{[1]}\ \ 濃度変化と濃度平衡定数K_{\text c} \\[.5zh] \phantom{[1]}\ \  温度が一定ならば,\ K_{\text c}=\bunsuu{[\ce{NH3}]^2}{[\ce{N2}][\ce{H2}]^3}\,は一定である. \\[1.2zh] \phantom{[1]}\ \  温度を一定に保ちながら外部から\ce{N2}\,を加えて[\ce{N2}]が増えたとすると,\ 分母だけが大きくなる. \\[.4zh] \phantom{[1]}\ \  そこで,\ K_{\text c}\,を一定に保つため,\ 分子が大きく,\ 分母が小さくなる方向(右)に平衡が移動する. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  つまり,\ [\ce{N2}]が減少する方向に平衡が移動する. \\\\ \text{[2]}\ \ 圧力変化と圧平衡定数K_{\text p} \\[.5zh] \phantom{[1]}\ \  温度が一定ならば,\ K_{\text p}=\bunsuu{{P_{\ce{NH3}}}^2}{P_{\ce{N2}}{P_{\ce{H2}}}^3}\,は一定である. \\[1.2zh] \phantom{[1]}\ \  温度を一定に保ちながら密閉容器の体積を半分に圧縮して各気体の分圧が2倍になったとする. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  このとき,\ 次数2の分子は4倍,\ 合計次数4の分母は16倍になる. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  そこで,\ K_{\text p}\,を一定に保つため,\ 分子が大きく,\ 分母が小さくなる方向(右)に平衡が移動する. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  つまり,\ 気体の分子数が減少する方向に平衡が移動する. \\\\ \text{[3]}\ \ 温度変化と平衡定数K_{\text c},\ K_{\text p} \\[.5zh] \phantom{[1]}\ \  発熱反応(\Delta H<0)のとき,\ 温度が高くなるほどK_{\text c}\,やK_{\text p}\,は小さくなる. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  吸熱反応(\Delta H>0)のとき,\ 温度が高くなるほどK_{\text c}\,やK_{\text p}\,は大きくなる. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  例で温度を上げたとき,\ K_{\text c}\,やK_{\text p}\,の値が元の値よりも小さくなるところで新たな平衡に達する. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  よって,\ 分子が小さく,\ 分母が大きくなる方向(左)に平衡が移動する. \\[.2zh] \phantom{[1]}\ \  つまり,\ 吸熱反応(\Delta H>0)の方向に平衡が移動する. \e圧力変化と平衡混合気体の色の変化次の平衡は,\ 加圧すると右向き(分子数減少)に,\ 減圧すると左向き(分子数増加)に移動する.2NO2赤褐色})\,\ce{<=>[\textcolor{cyan}{加圧}][\textcolor{magenta}{減圧}]}\,\ce{N2O4}\,(無色)}$} \\[1zh]   この平衡混合気体の体積を温度一定で変化させたとき,\ その色の変化は以下となる. 温度一定で体積を小さくすると圧力が増加する. \\[.2zh] 単純には\ce{N2O4}\,の割合が増加して色が薄くなると思うかもしれないが,\ 不正確である. \\[.4zh] \bm{加圧した直後,\ 平衡移動が起こる前に体積変化による色の変化が生じる}からである. \\[.2zh] 平衡混合気体の色の濃さは,\ 光路の中に含まれる\ce{NO2}\,分子の数で決まる. \\[.2zh] 体積を\,\bunsuu12\,にすると,\ 単位体積あたりの\ce{NO2}\,分子の数(濃度)は2倍になり,\ 一時的に色は濃くなる. \\[.8zh] その後,\ \ce{N2O4}\,が増える方向に平衡が移動して色が薄くなるが,\ \bm{最初よりは濃い.} \\[.4zh] 平衡移動は外部からの変化を\dot{緩}\dot{和}するものであり,\ 外部からの変化の影響以上の移動はしない. \\[1zh] 以上がシリンダーを横から見たときの話だが,\ \bm{下から見ると色の変化が違って見える.} \\[.2zh] 体積を\,\bunsuu12\,にすると,\ \ce{NO2}\,分子の濃度は2倍になる一方,\ 下から見た場合の光路は\,\bunsuu12\,になる. \\[.8zh] よって,\ 体積を変化させた直後には下から見た場合の色は変化しない. \\[.2zh] つまり,\ \bm{下から見ると,\ 体積に影響されない\ce{NO2}\,分子の増減による色の変化を観察できる.} 次の平衡状態にカッコ内の条件変化を与えると平衡はどちらに移動するか. \\[1zh] (1)\ \ $\ce{NH3}\,+\,\ce{H2O}\,\ce{<=>}\,\ce{NH4+}\,+\,\ce{OH-}$ & (\ce{NaOH}を加える) \\[.8zh] (2)\ \ $\ce{2SO2}\,+\,\ce{O2}\,\ce{<=>}\,\ce{2SO3}$ & (加圧する) \\[.8zh] (3)\ \ $\ce{H2}\,+\,\mathRM{I}\ce{_2}\,\ce{<=>}\,\ce{2H}\mathRM{I}$ & (減圧する) \\[.8zh] (4)\ \ $\ce{N2}\,+\,\ce{3H2}\,\ce{<=>}\,\ce{2NH3} \Delta H=-\,92$\,kJ & (加熱する) \\[.8zh] (5)\ \ $\ce{3O2}\,\ce{<=>}\,\ce{2O3} \Delta H=285$\,kJ & (冷却する) \\[.8zh] (6)\ \ $\ce{N2}\,+\,\ce{3H2}\,\ce{<=>}\,\ce{2NH3}$ & (触媒を加える) \\[.8zh] (7)\ \ $\ce{C}\,(固)\,+\,\ce{H2O}\,(気)\,\ce{<=>}\,\ce{CO}\,+\,\ce{H2}$  & (加圧する) \\[.8zh] (8)\ \ $\ce{N2}\,+\,\ce{3H2}\,\ce{<=>}\,\ce{2NH3}$ & (体積を小さくする) \\[.8zh] (9)\ \ $\ce{N2}\,+\,\ce{3H2}\,\ce{<=>}\,\ce{2NH3}$ & (温度・体積一定でアルゴンを加える) \\[.8zh] ce{N2}\,+\,\ce{3H2}\,\ce{<=>}\,\ce{2NH3}$ & (温度・全圧一定でアルゴンを加える) \\   (1)\ \ \textbf{左に移動}    (2)\ \ \textbf{右に移動}    (3)\ \ \textbf{移動しない}   (4)\ \ \textbf{左に移動} \\[.5zh]   (5)\ \ \textbf{左に移動}    (6)\ \ \textbf{移動しない}   (7)\ \ \textbf{左に移動}    (8)\ \ \textbf{右に移動} \\[.5zh]   (9)\ \ \textbf{移動しない} 左に移動 (1)\ \ \ce{OH-}\,の濃度を増やしたことになるから,\ \bm{\ce{OH-}\,の濃度が減少する}方向(左)に移動する. \\[.2zh] \phantom{(1)}\ \ \bm{共通イオン効果} 平衡状態にあるとき,\ 電離で生じたイオンと同じイオンを加えると, \\[.2zh] \phantom{(1)}\ \         \ そのイオンが減少する方向に平衡が移動する. \\[1zh] (2)\ \ \bm{気体の分子数が減少する}方向(右)に移動する(左辺3個,\ 右辺2個). \\[1zh] (3)\ \ 両辺ともに分子数2個であるから移動しない. \\[1zh] (4)\ \ \bm{吸熱反応(\Delta H>0)}が起こる方向(左)に移動する. \\[1zh] (5)\ \ \bm{発熱反応(\Delta H<0)}が起こる方向(左)に移動する. \\[1zh] (6)\ \ 触媒は反応速度を速くする(平衡に達するまでの時間を短縮する)だけで平衡には影響しない. \\[1zh] (7)\ \ \bm{気体の分子数が減少する}方向(右)に移動する.\ \bm{固体は圧力に関係しない}のでカウントしない. \\[1zh] (8)\ \ 「体積を小さくする」は「\bm{加圧する}」を意味する. \\[.2zh] \phantom{(1)}\ \ よって,\ \bm{気体の分子数が減少する}方向(右)に移動する(左辺4個,\ 右辺2個). \\[1zh] (9)\ \ アルゴン\ce{Ar}は可逆反応とは関係のない物質であるから,\ \ce{N2},\ \ce{H2},\ \ce{NH3}\,の物質量は変化しない. \\[.4zh] \phantom{(1)}\ \ また,\ 体積一定であるからモル濃度[\ce{N2}],\ [\ce{H2}],\ [\ce{NH3}]も変化しない. \\[.4zh] \phantom{(1)}\ \ さらに,\ 物質量・体積・温度が一定ならば各気体の分圧P_{\ce{N2}},\ P_{\ce{H2}},\ P_{\ce{NH3}}も一定である. \\[.4zh] \phantom{(1)}\ \ \ce{Ar}\,の分だけ全圧が増えるだけで,\ 平衡に関係する3気体の分圧は変化しないわけである. \\[.2zh] \phantom{(1)}\ \ 結局,\ \bm{\ce{N2},\ \ce{H2},\ \ce{NH3}\,の温度,\ 濃度,\ 圧力はいずれも変化せず},\ 平衡は移動しない. \\[1zh] 全圧が一定ならば,\ \bm{\ce{Ar}\,の分圧の分だけ\ce{N2},\ \ce{H2},\ \ce{NH3}\,の分圧の合計が減少する.} \\[.4zh] \phantom{(1)}\ \ \bm{減圧}したことになるため,\ \bm{気体の分子数が増加する}方向(左)に移動する(左辺4個,\ 右辺2個).化学工業への応用(アンモニアの製法;ハーバー・ボッシュ法)}} \\[1zh]   アンモニア\ce{NH3}\,を合成するには,\ 次の\textbf{\textcolor{magenta}{平衡を右に移動}}させてやればよい. 発熱反応}}であるから,\ \textbf{\textcolor{red}{低温にする}}と右に移動する. \\[.2zh]   \textbf{\textcolor{forestgreen}{右辺のほうが分子数が少ない}}から,\ \textbf{\textcolor{red}{高圧にする}}と右に移動する. \\[.2zh]   ルシャトリエの原理の観点からは,\ \textbf{\textcolor{red}{低温・高圧条件が望ましい}}わけである.   しかし,\ \textcolor{cyan}{低温にしすぎると反応速度が減り,\ 反応が進まない.} \\[.2zh]   また,\ \textcolor{cyan}{高圧にしすぎると反応容器が耐えられない.} \\[.2zh]   ハーバーらは数千種の物質の中から適切な触媒を見つけ出し,\ 速度低下の問題を解決した. \\[.2zh]   ボッシュは特殊な二重構造の反応容器を作成し,\ 容器の耐性の問題を解決した. \\[.2zh]   最終的に,\ 400\,~\,600℃,\ $\underset{(100\,~\,300気圧)}{\underline{1\times10^7\,~\,3\times10^7\,\text{Pa}}}$,\ \textbf{\textcolor{red}{触媒(\ce{Fe3O4})}}によって工業化された.反応時には\ce{Fe3O4}\,が水素\ce{H2}\,で還元され,\ 生じた鉄\ce{Fe}が触媒作用を示す. \\[.4zh] 生成した\ce{NH3}\,は,\ 冷却により液化させて分離する(\ce{NH3}\,は\ce{N2},\ \ce{H2}\,よりも容易に液化する). \\[1zh] 20世紀初頭,\ 人類は人口増加に伴う食糧難に見舞われていた. \\[.2zh] これを解決するため,\ 窒素肥料の原料となる\ce{NH3}\,の合成が化学者の最大の課題であった. \\[.2zh] 空気中に大量にある\ce{N2}\,を何とかして窒素化合物に変えたかったのである(\textbf{空中窒素の固定}). \\[.2zh] しかし,\ \ce{N2}\,は強固な三重結合\ce{N#N}をもつために反応性が乏しい物質である. \\[.2zh] そこで,\ ルシャトリエの原理を応用し,\ なおかつ触媒も開発して工業化に成功したわけである. \\[.2zh] ハーバー・ボッシュ法は窒素肥料の大量生産を可能にし,\ 「空気からパンを作る」とも比喩される. \\[.2zh] 一方で,\ 窒素化合物は爆薬の原料にもなるため,\ 第1次世界大戦を長引かせたという負の側面ももつ. \\[.2zh] ハーバー・ボッシュ法の開発は化学史のみならず,\ 人類史にも残る出来事なのである.