
X線の粒子性とコンプトン効果
1916年、アインシュタインは光量子仮説を発展させ、光子はエネルギー hν [J]をもつと同時に、次式で表される運動量 p [kg・m/s]をもつことを主張した。
【光子の運動量 p [kg・m/s]】
振動数 ν [Hz]、波長 λ [m]の光子1個がもつ運動量 p [kg・m/s]は
p = hν/c = h/λ
h [J・s]:プランク定数
c [m/s]:真空中の光速
光子は静止質量0で光速を進むため、古典力学の運動量 p=mv は適用できない。
物体が光速に近づく領域や光そのものを扱う領域では、ニュートン力学では正しく記述できなくなり、アインシュタインの特殊相対性理論が必要になる。
相対論におけるエネルギーと運動量の関係式
E = √{(pc)^2+(m₀c²)^2}
に静止質量 m₀=0 を代入すると、
E=pc
すなわち
p=E/c=hν/c
が得られ、光子も運動量をもつことが自然に導かれる。
また、運動量は力学の場合と同様にベクトル量であり、大きさだけでなく向きももつ。
よって、光子が散乱する場合の運動量保存則では、運動量を各方向の成分に分けて考える必要がある。
原子物理では、古典物理学では説明できない現象を扱い、相対論や量子論などの現代物理学へ進んでいく。
【コンプトン効果】
X線を電子に衝突させると、入射X線の波長 λ よりも長い波長 λ’ のX線が散乱される現象。
散乱角 θ が大きいほど、波長の増加量 λ’-λ は大きくなる。
コンプトン効果は、X線を単なる波として考えるだけでは説明できず、光が粒子としての性質をもつことを示す実験的証拠となった。
波動説では、X線の電場によって振動させられた電子は入射X線と同じ振動数の電磁波を放射すると考えられるため、散乱光の波長が長くなることを説明できない。
一方、光子が電子にエネルギーと運動量を与える粒子的な衝突として考えると、散乱光の波長が長くなることを説明できる。
【問題】
静止している質量 m の電子に、波長 λ のX線を入射させる。
入射X線の進行方向を x 軸正方向とする。X線は電子によって散乱され、入射方向に対し角 θ をなす方向に波長 λ’ のX線が進んだ。また、電子は速さ v で、x 軸に対して角 φ をなす方向に反跳した。散乱X線と反跳電子は x 軸をはさんで反対側に進むものとする。
プランク定数を h、真空中の光速を c とする。ただし、反跳電子の速さ v は光速 c に比べて十分小さく、運動エネルギーを (1/2)mv² としてよい。
(1) 衝突前後について、x方向とy方向の運動量保存則をそれぞれ表せ。
(2) 衝突前後のエネルギー保存則を表せ。
(3) λ’ と λ の差が十分小さいとき、
λ’/λ + λ/λ’ ≒ 2
と近似できることを用いて、λ’-λ を h、m、c、θ を用いて表せ。
(4) 反跳電子の方向を表す tanφ を λ、λ’、θ を用いて表せ。
(5) 反跳電子が得た運動エネルギー K を λ、λ’、h、c を用いて表せ。
(6) 散乱角 θ が大きいほど波長の増加量 λ’-λ が大きくなることを説明せよ。
また、λ’-λ が最大となる散乱角 θ を求め、その最大値 Δλmax を h、m、c で表せ。
(7) X線と可視光では、どちらの方が波長の変化する割合 (λ’-λ)/λ が大きいか。
また、可視光ではコンプトン効果が顕著に現れない理由を説明せよ。
【解答】
(1)
x方向の運動量保存則より
h/λ = (h/λ’)cosθ + mv cosφ
y方向の運動量保存則より
(h/λ’)sinθ = mv sinφ
(2)
エネルギー保存則より
hc/λ = hc/λ’ + (1/2)mv²
(3)
(1)より
mv cosφ = h/λ – (h/λ’)cosθ
mv sinφ = (h/λ’)sinθ
両式の両辺を2乗して加えると、
m²v² = h²{1/λ² + 1/λ’² – 2cosθ/(λλ’)}
一方、(2)より
(1/2)mv² = hc(1/λ – 1/λ’)
よって
m²v² = 2mhc(1/λ – 1/λ’)
ゆえに
2mhc(1/λ – 1/λ’)
= h²{1/λ² + 1/λ’² – 2cosθ/(λλ’)}
両辺に λλ’/(2mhc) を掛けると、
λ’-λ
= h/(2mc){λ’/λ + λ/λ’ – 2cosθ}
λ’/λ + λ/λ’ ≒ 2 より、
λ’-λ ≒ h/(mc)(1-cosθ)
2乗と三角関数がからむ3つの式を連立し、さらに近似も用いるため、式変形の見通しが必要である。
h、m、c、θ で表すことが目標であるから、φ と v を消去すればよい。
まず、運動量保存則の2式から、
sin²φ+cos²φ=1
を利用して φ を消去する。
両辺を2乗すると、
m²v²cos²φ
= h²{1/λ² – 2cosθ/(λλ’) + cos²θ/λ’²}
m²v²sin²φ
= h²sin²θ/λ’²
左辺の和は
m²v²cos²φ + m²v²sin²φ = m²v²
となり、右辺の和では
sin²θ+cos²θ=1
を利用できる。
次に、エネルギー保存則を利用して v を消去する。先に m²v²= の形にしておくと後が楽になる。
1/λ – 1/λ’
= (λ’-λ)/(λλ’)
であり、両辺に λλ’/(2mhc) を掛けると目的の λ’-λ が得られ、同時に近似式も現れる。
【近似の根拠】
λ’ と λ の差が十分小さいとき、(λ’-λ)² はさらに小さくなる。
λ’/λ + λ/λ’ – 2
= (λ’²+λ²-2λλ’)/(λλ’)
= (λ’-λ)²/(λλ’)
≒ 0
よって、
λ’/λ + λ/λ’ ≒ 2
と近似できる。
(4)
(1)より
tanφ
= (mv sinφ)/(mv cosφ)
= {(h/λ’)sinθ}/{h/λ-(h/λ’)cosθ}
= λsinθ/(λ’-λcosθ)
(5)
(2)より
K
= (1/2)mv²
= hc/λ-hc/λ’
= hc(1/λ-1/λ’)
(6)
(3)より
λ’-λ ≒ h/(mc)(1-cosθ)
0°≦θ≦180°のとき、θが大きいほど cosθ は小さくなるから、1-cosθ は大きくなる。
よって、θが大きいほど波長の増加量 λ’-λ は大きくなる。
cosθ が最小の cosθ=-1 となるとき、λ’-λ が最大となるから、
θ=180°
このとき、
Δλmax ≒ h/(mc){1-(-1)}
= 2h/(mc)
(7)
(3)より、波長の増加量 λ’-λ は、入射光の波長 λ によらず、散乱角 θ に依存する。
同じ散乱角で比べると、波長の変化する割合
(λ’-λ)/λ
は、波長 λ が短いX線の方が大きい。
可視光では λ が大きいため、同じだけ波長が増加してもその割合は非常に小さくなる。
よって、可視光ではコンプトン効果による波長変化が相対的に小さく、顕著に現れない。
例えば、θ=90°とすると、
λ’-λ
≒ h/(mc)
≒ (6.6×10^-34)/{(9.1×10^-31)(3.0×10^8)}
≒ 2.4×10^-12 m
波長 5.0×10^-11 m のX線では、
(λ’-λ)/λ
≒ (2.4×10^-12)/(5.0×10^-11)
= 4.8×10^-2
= 4.8%
波長 5.0×10^-7 m の可視光では、
(λ’-λ)/λ
≒ (2.4×10^-12)/(5.0×10^-7)
= 4.8×10^-6
= 0.00048%
