
錯イオン形成反応と錯体の立体異性体
錯イオン 金属の陽イオンに分子や陰イオンが配位結合してできたイオン.
共有結合するための2個の電子が一方的に供給される結合を配位結合という.
一般に, 金属単体のイオンは高エネルギーで不安定な状態である.
非共有電子対をもつ分子や陰イオンと配位結合して錯イオンになると安定して存在できる.
例 [Ag(NH₃)₂]⁺ NH₃分子のNがもつ非共有電子対で配位結合している. H₃N:→Ag⁺←:NH₃
配位子 金属イオンに配位結合する分子や陰イオン.
配位子 OH⁻ NH₃ H₂O CN⁻ Cl⁻ S₂O₃²⁻
名称 ヒドロキシド アンミン アクア シアニド クロリド チオスルファト
配位数(金属イオンと結合可能な配位子数)と錯イオンの立体構造
金属イオン 配位数 立体構造
Ag⁺ 2 直線形
Cu²⁺, Zn²⁺, Sn²⁺, Pb²⁺ 4 正方形(Cu²⁺), 他は正四面体形をとる場合もある
Al³⁺, Fe²⁺, Fe³⁺, Ni²⁺, Co²⁺, Co³⁺ 6 正八面体形
[Ag(NH₃)₂]⁺ | [Cu(NH₃)₄]²⁺ | [Fe(CN)₆]⁴⁻
Zn²⁺以外は正四面体形をとる場合もある.
中心金属の価数が大きいほど配位子を強く引きつけ, 配位数が大きくなる傾向がある.
目安の1つは中心金属イオンの電荷の2倍だが, Fe²⁺とNi²⁺が6であるように絶対ではない.
また, 配位数や立体構造も絶対ではなく, 配位子によって変化しうる(高校生は上表の認識で十分).
例 Ni²⁺は, 配位子がCN⁻のとき, 4配位の[Ni(CN)₄]²⁻(正方形)を作る.
錯イオンの名称
配位子の数詞→配位子名→金属→(酸)イオン
例 [Ag(NH₃)₂]⁺ ジアンミン銀(I)イオン
[Al(OH)₄]⁻ テトラヒドロキシドアルミン酸イオン
配位子の数詞 1:モノ 2:ジ 3:トリ 4:テトラ 5:ペンタ 6:ヘキサ
全体の電荷が陰イオンの錯イオンの場合のみ, 「酸イオン」となる.
Alの場合のみ, 「アルミニウム(III)」ではなく, 「アルミン」とする.
錯イオンの化学式は, 配位子の種類が複数あるとき, 陰イオンを先に書く.
例 [CoCl₂(NH₃)₄]⁺
ただし, 陰イオン同士や中性分子同士の場合はアルファベット順に書く(数詞は考慮しない).
名称は, 配位子の種類が複数あるとき, 配位子名のアルファベット順に読む(数詞は考慮しない).
例 [CoCl₂(NH₃)₄]⁺ テトラアンミンジクロリドコバルト(III)イオン
代表的な錯イオン(相性のよい金属イオンと配位子の組合せを暗記)
配位子 金属イオン 錯イオン 色 名称
OH⁻ Al³⁺ [Al(OH)₄]⁻ 無色 テトラヒドロキシドアルミン酸イオン
Zn²⁺ [Zn(OH)₄]²⁻ 無色 テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオン
Sn²⁺ [Sn(OH)₄]²⁻ 無色 テトラヒドロキシドスズ(II)酸イオン
Pb²⁺ [Pb(OH)₄]²⁻ 無色 テトラヒドロキシド鉛(II)酸イオン
NH₃ Zn²⁺ [Zn(NH₃)₄]²⁺ 無色 テトラアンミン亜鉛(II)イオン
Cu²⁺ [Cu(NH₃)₄]²⁺ 深青色 テトラアンミン銅(II)イオン
Ag⁺ [Ag(NH₃)₂]⁺ 無色 ジアンミン銀(I)イオン
Ni²⁺ [Ni(NH₃)₆]²⁺ 青紫色 ヘキサアンミンニッケル(II)イオン
Co²⁺ [Co(NH₃)₆]²⁺ 淡赤色 ヘキサアンミンコバルト(II)イオン
Co³⁺ [Co(NH₃)₆]³⁺ 橙色 ヘキサアンミンコバルト(III)イオン
CN⁻ Fe²⁺ [Fe(CN)₆]⁴⁻ 淡黄色 ヘキサシアニド鉄(II)酸イオン
Fe³⁺ [Fe(CN)₆]³⁻ 黄色 ヘキサシアニド鉄(III)酸イオン
Ag⁺ [Ag(CN)₂]⁻ 無色 ジシアニド銀(I)酸イオン
S₂O₃²⁻ Ag⁺ [Ag(S₂O₃)₂]³⁻ 無色 ビス(チオスルファト)銀(I)酸イオン
OH⁻が配位するのは両性金属のイオンである. Al, Zn, Sn, Pbと溶ける両性金属.
NH₃が配位する金属イオンのゴロ合わせ Ag, Co, Ni, Cu, Zn.
錯イオンの電荷は, 中心金属イオンと配位子の電荷の合計である.
例えば, [Zn(OH)₄]²⁻は, Zn²⁺の+2とOH⁻の(−1)×4を合計して−2となる.
[Al(OH)₄]⁻は, 実際には4個のOH⁻に加え, H₂Oが2個配位し, [Al(OH)₄(H₂O)₂]⁻となっている.
よって, 配位数は6で, 正八面体構造をとる(H₂Oを無視すると正方形).
硫酸イオンSO₄²⁻を英語で「sulfate ion」という. また, チオは「OをSで置換」を意味する.
よって, 「チオスルファト」はS₂O₃²⁻であり, 「ジチオスルファト」はS₃O₂²⁻を意味してしまう.
そこで, [Ag(S₂O₃)₂]³⁻では, 一括りを意味する括弧をつけ, さらに倍数詞の「ビス」を用いている.
省略可や言い換え可の意味の括弧ではないので, 必ず「ビスチオスルファト銀(I)酸イオン」と読む.錯イオン形成反応
金属の単体や化合物 + 配位子 → 錯イオン
例
Cu²⁺ + 4NH₃ → [Cu(NH₃)₄]²⁺
AgBr + 2S₂O₃²⁻ → [Ag(S₂O₃)₂]³⁻ + Br⁻
水酸化物の錯イオン形成反応
例 Al(OH)₃の沈殿に多量のNaOH水を加えると, 沈殿が再び溶解する.
イオン反応式 Al(OH)₃ + OH⁻ → [Al(OH)₄]⁻
化学反応式 Al(OH)₃ + NaOH → Na[Al(OH)₄]
例 Zn(OH)₂の沈殿に多量のNH₃水を加えると, 沈殿が再び溶解する.
イオン反応式 Zn(OH)₂ + 4NH₃ → [Zn(NH₃)₄]²⁺ + 2OH⁻
化学反応式 Zn(OH)₂ + 4NH₃ → Zn(NH₃)₄(OH)₂
酸化物の錯イオン形成反応
例 Ag₂Oの沈殿に多量のNH₃水を加えると, 沈殿が再び溶解する.
Ag₂O + H₂O → 2AgOH (酸化物 + 水 → 水酸化物)
AgOH + 2NH₃ → [Ag(NH₃)₂]⁺ + 2OH⁻
イオン反応式 Ag₂O + 4NH₃ + H₂O → 2[Ag(NH₃)₂]⁺ + 2OH⁻
化学反応式 Ag₂O + 4NH₃ + H₂O → 2Ag(NH₃)₂(OH)₂
両性金属の単体の錯イオン形成反応
例 AlにNaOH水を加えると溶解して水素が発生する.
2Al + 6H₂O → 2Al(OH)₃ + 3H₂ (金属単体 + 水 → 水酸化物 + 水素)
Al(OH)₃ + OH⁻ → [Al(OH)₄]⁻ ×2
イオン反応式 2Al + 2OH⁻ + 6H₂O → 2[Al(OH)₄]⁻ + 3H₂
化学反応式 2Al + 2NaOH + 6H₂O → 2Na[Al(OH)₄] + 3H₂
通常, 水溶液中の金属イオンは単独では存在せず, アクア錯イオンとして安定に存在している.
つまり, 実際は[Cu(H₂O)₄]²⁺として存在しているものを, 普段Cu²⁺と書いているのである.
これにH₂Oよりも相性のよい配位子を加えると, H₂Oと置き換わって新たな錯イオンができる.
よって, 錯イオン形成反応は, 配位子交換反応とも呼ばれる.
多くの金属イオンは, 少量の塩基を加えると水酸化物の沈殿を作る(金属イオンの沈殿で学習).
この内の一部の沈殿は, NaOH水やNH₃水を過剰に加えると, 錯イオンを形成して再び溶解する.
錯イオン関連では, 沈殿が再溶解する反応や両性金属単体と塩基との反応の式がよく問われる.
これらの反応式は, 水酸化物の錯イオン形成反応を基準に作成するとよい.
酸化物や単体は, 一旦水と反応して水酸化物ができると考える.
その後, 水酸化物が錯イオンを形成する反応式と合体させ, 中間生成物の水酸化物を消去する.
イオン反応式は, 水溶液中で電離するものはイオンに分けて, あまり電離しないものは分けずに書く.
よって, 沈殿物は分けずに書き, 完全に電離する錯イオンの化合物はイオンで書く.
金属単体と水から水酸化物と水素ができる反応は酸化還元反応である.
半反応式 Al → Al³⁺ + 3e⁻ (還元剤), 2H₂O + 2e⁻ → 2OH⁻ + H₂ (酸化剤) から作成できる.
水酸化物と水素ができるとわかっていれば, わざわざ半反応式を考えずとも化学反応式を書ける.
配位結合がある化合物(錯体)の内, イオン性のものを錯イオン, 錯イオンを含む塩を錯塩という.
錯塩の化学式は陽イオンを先に書くが, 名称は陽イオンでも陰イオンでも錯イオンを先に読む.
例 Na[Al(OH)₄] テトラヒドロキシドアルミン酸ナトリウム
Zn(NH₃)₄(OH)₂ テトラアンミン亜鉛(II)水酸化物
[Cu(NH₃)₄]SO₄ テトラアンミン銅(II)硫酸塩
錯体の立体異性体
2種類以上の配位子をもつ錯体では, 化学式は同じでも, 配位子の結合位置の違いにより, 異なる性質をもつ化合物(立体異性体)が存在することがある.
[1] 正方形型4配位錯体 [MA₂B₂] の異性体
例 ジアンミンジクロリド白金(II) [PtCl₂(NH₃)₂]
シス体とトランス体が存在する.
[2] 正八面体型6配位錯体 [MA₂B₄] の異性体
例 テトラアンミンジクロリドコバルト(III)イオン [CoCl₂(NH₃)₄]⁺
同様にシス体とトランス体が存在する.
[3] 正八面体型6配位錯体 [MA₃B₃] の異性体
例 トリアンミントリクロリドコバルト(III) [CoCl₃(NH₃)₃]
fac体(1面上に同じ配位子が集まる)とmer体(1直線上に並ぶ)が存在する.
立体異性体については有機化学を学習済みならすぐ理解できるが, 二重結合とは関係ない.
有機化学と同様, 錯体の立体構造や異性体の数は暗記するものではない.
その都度, 回転させても一致しないものを自分の頭で考えるべきものである.
[1] 中心金属Mに対し, 同じ配位子が隣り合うものをシス体, 反対側にあるものをトランス体という.
4配位でも正四面体構造をとる場合には, シス-トランス異性体は生じない.
シス-ジアンミンジクロリド白金(II)はシスプラチンと呼ばれ, 制ガン剤に利用されている.
[2] 正八面体は完全な対称性をもつので, 以下2つは同じシス体である(回転すると一致する).
[3] facはfacial, merはmeridianの略だが, 異性体の名称はどうでもよい.
同じ配位子が1つの面(face)上にあるものと, 子午線(meridian)上にあるものである.
塩化コバルト(III)とアンモニアからなる錯塩には一般式 CoCl₃・nNH₃ (n=3〜6) の4種類がある.
それぞれの示性式は
[CoCl₃(NH₃)₃], [CoCl₂(NH₃)₄]Cl, [CoCl(NH₃)₅]Cl₂, [Co(NH₃)₆]Cl₃.
これらは, 各水溶液にAgNO₃水を加え, 錯塩1molあたりAgClが何mol沈殿するかで識別できる.
Co³⁺に直接配位結合しているCl⁻は塩化物として沈殿しないからである.
錯イオンとイオン結合しているCl⁻のみ, AgClとして沈殿する.
[CoCl₃(NH₃)₃] → 沈殿しない
[CoCl₂(NH₃)₄]Cl → [CoCl₂(NH₃)₄]⁺ + Cl⁻ → AgCl沈殿1mol
[CoCl(NH₃)₅]Cl₂ → [CoCl(NH₃)₅]²⁺ + 2Cl⁻ → 2AgCl沈殿
[Co(NH₃)₆]Cl₃ → [Co(NH₃)₆]³⁺ + 3Cl⁻ → 3AgCl沈殿
すでに示したように, [CoCl₃(NH₃)₃]と[CoCl₂(NH₃)₄]⁺には, それぞれ2種の立体異性体が存在する.
一方, [CoCl(NH₃)₅]²⁺と[Co(NH₃)₆]³⁺には立体異性体が存在しない.
