iPS細胞でノーベル賞受賞した山中伸弥教授の講演全貌!(2017/7/10富山県)

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山中教授につながる裏ルート

2017年5月某日、行きつけの美容院でいつものようにカットしてもらっていたら、突然美容師が驚くべきことを言い出した。

「今はまだ公表されてないんですけど、今度富山県で山中伸弥教授の講演があって、ウチの美容院が関わっているんです。無料だし抽選なので応募してみないですか?ウチから応募すると一般より当選確率高くなりますよ。」

「なっ、なんだってええええ!!!!!」

「普通の美容院が何故山中教授とつながってる?」と半信半疑だったが、これほどのチャンスは二度とないと思い、速攻で応募した。その後、チューリップテレビ(TBS系列)でも一般公募が始まった。

「当選者には6月20日までに知らせます。」ということだったのでドキをムネムネさせながら待っていたが、一向に連絡は来ない。「はずれたのか(´・ω・`) 」と思っていたら、6月20日午前に当選を知らせるハガキが届いた。

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

こうして、ド田舎にいながらにして奇跡的に山中教授に会えることになったのである。

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当日

会場にいくと、普段美容院にいる20人ほどの美容師達が受付や会場整理をやっていた。彼女達から予定表をもらって入場した。ついでに、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のパンフレットが置いてあったので有り難く頂いた。

司会者によると、500人の枠に対し、どこで知ったのか県外からも含めて2000人の応募があったという。

また、山中教授は数年後まで予定が詰まっており、講演は関東や関西ではよく行うが、地方ではほぼ初めてということである。

司会者が「是非今日の講演内容を周りに広めて」と言っていたので、ネットで一気に拡散することにする。以下では講演内容について関連知識も加えながら紹介していくが、医学の素人が記憶を頼りにしているので間違いがあるかもしれないことは断っておく。

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こんなところで芦田愛菜ちゃん!?

講演開始直前、目の前のスクリーンに意外なテキストが表示された。

「講演の前に芦田愛菜ちゃんのテレビでの最近の発言をご覧ください。芦田愛菜ちゃんは、今年有名私立進学校に進学しました。」

有名私立(慶応中等部;偏差値70超)合格というニュースを聞いて以来、芦田愛菜ちゃんの一挙手一投足に注意していたテレビ大好きっ子かつ受験ブロガー(笑)の自分にはすぐにわかった。「ああ、あれ流すのか」と思っていると、予想通り、読書が趣味で1000冊以上の本を読破した彼女が一番魂が震えた1冊として「山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた」を紹介したTBSの番組が流された。

これだけかと思っていたら、日本テレビの番組で将来の目標を「iPS細胞研究」などとやりとりしたほんの数十秒ほどの発言の部分も流された。「よくもまあそんな細かいところまで(笑)」と思いながら見ていた。

この直後、拍手が湧き起こる中に山中伸弥教授が登場した。

山中教授「最近芦田愛菜ちゃんのおかげで有名になった山中伸弥です。」

聴衆「わはははは」

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長船健二教授「iPS細胞を活用した再生医療」、戸口田淳也教授「iPS細胞による病気の再現と治療薬開発」

山中教授の前に、CiRAの二人の教授が自身の研究内容や成果について発表した。まずはその内容を軽く紹介しよう。

iPS細胞の特徴は大きく2つある。「無限に増殖できること」と「様々な細胞に分化させられること」である。2人の教授は、このような特徴を持つiPS細胞を医学に応用して病気を克服するための研究を行っている。

長船教授の専門は、腎臓・肝臓・膵臓である。これらの臓器の疾患である腎不全、肝不全、糖尿病は患者数が非常に多い。日本だけで、何十万、何百万、予備軍まで含めると何千万の患者がいる。日本人の7~8人に1人くらいの割合で、それらのいずれかの疾患を抱えているのである。

にもかかわらず、現在根本的な治療は移植しかない。しかし、ドナーは圧倒的に不足しており、数十万人の移植希望者に対して実際に行われるのはわずか数百件にとどまる。

人間の体内には200種類ほどの細胞がある。腎臓・肝臓・脾臓を含め、その他の様々な場所で生じる難病は、200種類ある細胞のうちのたった1つの細胞がおかしくなっただけで生じる。他の199種類の細胞は正常であるにも関わらず、1種類の細胞のエラーで命が脅かされる。

そこでiPS細胞である。iPS細胞から正常な腎臓の細胞や肝臓の細胞を作って移植しようというのが再生医療である。移植用の臓器を丸ごと作るなどというのは夢のまた夢だが、一部だけでも正常な細胞を移植して機能してくれれば一定の治療効果が期待される。正常な細胞を薬のように利用しようというわけである。

しかし、大きな問題が立ちはだかる。iPS細胞から移植用の細胞を作成するには、1年半ほどの時間と1件当たり1億円ともされる費用がかかる。現在iPS細胞から移植に適した細胞を作るのは容易ではなく、質のよい細胞の選別などに時間と費用がかかる。

事故などで年間新たに5000人生じる脊髄損傷患者は、損傷してから1ヶ月以内に細胞を移植しなければ治療効果が期待できない。本人の細胞からiPS細胞を作ってそれを移植用の細胞に培養していたのでは到底間に合わない。

この問題を解決するため、iPS細胞ストック計画がすでに開始されている。質の良いiPS細胞をあらかじめストックしておき、多くの過程を省略して時間も費用も大幅に減らそうという計画である。特筆すべきは、日本人全員がストックしておく必要はないことである。血液でも、誰にでも輸血できる特殊な血液型を持つ人がいるという(世界で数十人だとか)。同様に、ある特殊な型をもつドナー由来のiPS細胞をストックしておけば、多くの患者に移植可能となる。すでに何人かの有望なドナーから細胞を提供してもらっており、その中でも2人はスーパードナーで、この2人の細胞だけで日本人の約24%、3000万人をカバーしている。5年~10年ほどで日本人の90%をカバーするのが目標だという。なお、ドナーは骨髄バンクを元に探しており、募集はしていない。

戸口田教授は、iPS細胞を創薬研究に利用している。薬を作るには、まず病変部分の細胞を取り出して調べることによって病気のメカニズムを解明しなければならない。再生機能が高い肝臓の細胞なら一部を採取しても問題ないが、脳に疾患があるからといって脳細胞を採取するわけにはいかないところに1つの問題がある。

そこでiPS細胞である。脳に疾患がある患者の皮膚細胞から患者由来のiPS細胞を作り、さらにそれを脳細胞に分化させると、病変した脳細胞を研究室で作り出すことができる。この細胞を詳しく調べると病気のメカニズムがわかったり、様々な薬を与えてみて効果的な薬を見つけたりできる。世界中の研究者が、数千の薬や化合物を試して効果的なものがないかを日々探している。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、体中の筋肉が徐々に動かなくなっていく難病である。体が動かなくなる一方で、意識や五感は正常なままという生き地獄である。数年で自発呼吸ができなくなり、人工呼吸器をつけるか死かの2択を迫られる。7割の患者は死を選ぶという。人工呼吸器によって生きながらえたとしても、最終的にTLS(完全な閉じ込め状態)と呼ばれる段階に到達する患者が一定数存在する。体のすべての部分が完全に動かなくなり、意思表示や外部とのコミュニケーションが完全にできなくなる最も恐ろしい状態である。繰り返しになるが、五感や意識は正常なままである。

CiRAの井上治久教授は、ALS患者の皮膚細胞からiPS細胞を作り、運動神経の細胞に分化させて詳しく調べ、1500近い既存の薬を試してみた結果、白血病の薬が効果的であることを発見した。このように、すでに他の病気で使われている薬を試してみることをDrug Repurposingという(re:再、purpose:目的)。1つの薬を一から開発しようとすると、多くの時間と数百億円もの費用がかかる。既存のすでに承認済みの薬が有効であることがわかれば、多くの過程を省くことができ、素早く患者に届けることが可能になる。

ちなみに、Drug Repurposingの有名な例がED治療薬のバイアグラである。バイアグラは、当初は心臓病の薬として開発されていたが、臨床試験では効果が得られなかった。しかし、効果がないにも関わらず、被験者が返却に応じない。これを不審に思って確認すると、実はEDに効果があるとわかり、夢の薬が誕生したのである。

FOP(進行性骨化性線維異形成症)は、筋肉や靱帯がどんどん骨になっていくという難病である。当然骨になった部分は動かせなくなるし、胸の筋肉が骨になると呼吸すら困難になる。戸口田教授がスクリーンに映し出した正常な骨格とFOP患者のCT撮影された骨格の比較画像は強烈なインパクトであった。「これが人間の骨格なのか?どうなってるんだ、これ?」というのが率直な感想である。

戸口田教授は、FOP患者由来のiPS細胞を骨や軟骨に分化させ、病態を研究室で再現することに成功し、骨化するときにあるタンパク質が関わっていることを突き止めた。さらに、7000以上の化合物の中から骨化させるタンパク質を阻害する物質を発見した。来年には臨床を開始する予定だという。

このように、難病の研究は一歩ずつ確実に進んでいる。しかし、薬として患者に届くには少なくとも10年ほどの歳月を要するという。

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山中伸弥教授「iPS細胞がひらく新しい医学」

最初、50代位のある男性(ふさふさ)の写真が映し出された。

山中教授「これ誰だかわかりますか?教科書とかで見たことある人いますか?」

聴衆「う~ん???」

山中教授「見たことあったら大変です。これは私の父です。頭がうらやましいです。」

聴衆「わはははは」

と笑いを取りつつ、自身の父について話し始めた。山中教授の父はエンジニアをやっていたが、山中教授が中学生の時大けがをして輸血を行った。その輸血が原因で、肝炎ウイルスに感染してしまった。当時はまだA型とB型しか知られておらず、未知のウイルス(C型)だった。父の肝臓はどんどん悪化していき、山中教授が研修医になっていた1989年父は亡くなった(享年58)。

山中教授は父に言われて医者になった。研修医であった山中教授は父に注射などをしていたが、徐々に弱っていく父をほとんど見ていることしかできなかった。このときの悔しい思いが後の研究人生にもつながっているという。

山中教授の父が亡くなった1989年、アメリカでC型肝炎ウイルスが発見され、薬の開発が始まった。それから25年もの歳月を経た2014年、ついにC型肝炎ウイルスの特効薬ハーボニーの発売が開始された。日本ではC型肝炎患者が100万人以上いるとされるが、3ヶ月間1日1錠飲み続けるだけで99%の人が治るというまさに特効薬である。

山中教授「ただし、問題があります。これ1錠いくらだと思いますか?私は大阪人なのでお金が気になるのです。原価はたいしたことないと思うのです。」

聴衆「わはははは」

山中教授「実は・・・1錠55000円です。」

聴衆「ええーっ!」

山中教授「このような薬の開発の時間と費用の問題を解決しようとして研究者は頑張っているのです。」

次に、山中教授はアメリカ留学中に学んだことを話し始めた。留学中、ドイツ車のフォルクスワーゲン(VW)に乗っているサンフランシスコのグラッドストーン研究所所長のロバート・メーリー教授に、研究者に必要なものとしてVWを学んだ。もちろん、フォルクスワーゲンのことではない。研究者には、Vision(目的)とWork Hardが必要だというのである。

研究所で指導教官のトーマス先生と撮影した山中教授(ふさふさ)の写真がスクリーンに写し出された。

山中教授「この写真で見てもらいたいのは頭だけです。この写真を出した理由はその1点だけであります。」

聴衆「わはははは」

留学から帰国した後、環境などの違いから山中教授はPADという病気になってしまったという。

山中教授「PADという病気を知っている人いますか?医者でも知らないでしょう。これは私たちが勝手に名付けた病気で、Post America Depression(アメリカ後うつ病)のことです。」

聴衆「わはははは」

山中教授「もう研究者をやめようとも思いましたが、2つの幸運な出来事によってPADから回復することができました。」

1つ目の幸運は、アメリカでヒトES細胞が樹立されたことである。20年近く前にマウスES細胞は既に樹立されており、山中教授はマウスES細胞を用いて実験していたが、周囲は「もうちょっとヒトのためになることやったら?」と冷ややかだったという。ヒトES細胞が樹立されたことで、自分が行ってきたES細胞の研究がヒトの役に立つ可能性が出てきたのである。山中教授はすぐにでもヒトES細胞を用いて実験したかった。

しかし、ES細胞の問題が立ちはだかった。ES細胞は、受精卵を元にして作られる。マウスES細胞作成の際は、母マウスの子宮から「申し訳ない」と思いながら受精卵を取り出していたという。人間の母親の子宮から研究目的で受精卵を取り出そうものなら倫理上重大な問題が生じる。アメリカでは、不妊治療でいらなくなった受精卵を利用した。不妊治療において子宮に戻すのは1個だけであり、それ以外は破棄させる。これを利用してES細胞を作成したのである。しかし、それでも受精卵自身を研究に用いることに反対する人も多い。日本はアメリカ以上に規制が厳しく、山中教授がヒトES細胞を実際に自分の目で見たのは2007年になってからだったという。2007年と言えば、山中教授がヒトiPS細胞を樹立した年である。

そこで山中教授は、受精卵ではなく皮膚細胞からES細胞のような細胞を作成できないかと考えたのがiPS細胞研究の始まりである。これなら倫理的な問題は生じない。なお、現在では皮膚細胞からではなく主に血液細胞からiPS細胞を作っているという。

2つ目の幸運は、奈良先端科学技術大学院大学に准教授として採用され、初めて自分の研究室を持つことができたことである。着任したのは12月であったが、すぐに問題に直面した。4月に入学してくる120人の新入生達に自分の研究室に来てもらえるかということである。どの研究室にするかの選択権は学生側にある。

しかし、他の研究室が皆著名な教授で多数の功績を残しているのに対し、一人だけ助教授(今で言う准教授)、何の成果もない。しかも、1つの研究室につき学生は最大7人なのだが、助教授である山中には半分しか認められなかった。具体的には3人だけである。

山中教授「何故4人じゃないんだと言いたくなりました。」

聴衆「わはははは」

山中教授「皮膚細胞からES細胞のような細胞を作るというVisionだけならいくらでも語れると思って徹底的にアピールしました。難しいことは重々わかっており、何年かかるかもわかりませんでした。もしかしたら自分が生きている間は無理かもしれない。しかし、そんな都合の悪いことは一切言わず、良いことだけ言いました。すると、予想に反して20人もの学生が志望してくれました。他の先生方からは顰蹙を買いましたけども。」

聴衆「わはははは」

定員以上の学生が志願した場合は成績順に選ばれる。山中教授の研究室には、女性2人と男性1人の新入生が所属することとなった。

山中教授「徳澤佳美さんは2位、海保英子さんは4位という優秀な成績だったので余裕な感じでした。高橋君の成績はちょっと彼のためにも言わない方が良い。」

聴衆「わはははは」

学生達は互いに情報を集めて駆け引きをする。一番志望の研究室であぶれると結局二番志望の研究室にも入れないということが起こりうる。ならば、最初から二番志望の研究室を一番志望にしておくということを学生達は行うのである。

山中教授「しかし、高橋君は違っていました。彼は駆け引きなどをせずに、『絶対にこの研究室に入りたい』と言ってくれたのです。面接でそんな彼に私の方が惚れ込んでしまって、何とか彼に来て欲しいと思っていたのですが、無事来てくれることになりました。」

後にこの高橋君が研究で重要な役割を果たすのだが、講演終了時間が迫り、そこまでの話はなかった。山中教授はまだいろいろと話したそうであったが、締めくくりに入った。

山中教授は、2006年にマウスiPS細胞、2007年にヒトiPS細胞を樹立することになる。

山中教授「私はVisionを語るだけで、Hardworkしたのは学生達でした。なんて楽なんだろうと思いました。」

聴衆「わはははは」

山中教授「最後はこの写真で終わりたいと思います。」

そう言って山中教授がスクリーンに映し出したのは、1人のFOP患者と山中教授、戸口田教授らが一緒に人差し指だけ伸ばしたいわゆる一番のポーズをとっている写真であった。

山中教授「このポーズの意味がわかりますか?」

聴衆「う~ん???」

山中教授「これは、1日でも早くという難病患者の切実な願いなのです。」

例えば、FOP患者の平均寿命は40歳ほどである。タイムリミットが迫っている多くの難病患者がいるのである。

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最後に

正直なところ、講演内容はほとんど書籍と同じ内容だろうと思ってあまり期待していなかった。しかし、3割ほどが書籍にはなかった内容で思っていたより多かった。また、書籍と同じ内容であってもユーモアを交えて聴衆を引きつけようとしているので普通に面白かった。

時間が短かく、書籍にあるようなもっとドラマチックなエピソードを聞けなかったことと聴衆の中に若者が少なかったことは残念であった。500人の聴衆の中で高校生以下は10人ほどだったのではないだろうか。

個人的に石井富山県知事(4期目;東大法卒)にも会ってみたいと思って期待していたのだが、出張中ということで現れたのは副知事だった。山中教授が最近マラソンで3時間30分を切ったことに触れ、「もしかするとiPS細胞移植したのでは?」といって聴衆の笑いを誘っていた。

山中教授は42.195kmのマラソンで3時間30分を切るほどのランナーでもあるが、iPS細胞樹立からまだ10年、マラソンにたとえると1つの市からまだ隣の市に出ていない段階だという。まだまだ先は長いが、これからも支援をよろしくお願いしたいということであった。

今治らない病気を治せる未来を作るために。

講演終了後、出口で寄付を募る紙をもらって帰った。寄付の文化があるアメリカでは、IT長者達から数百億円という日本とは桁違いの寄付があるという。

以下の画像はクリックで拡大できます。

芦田愛菜ちゃんも取り上げた山中教授の書籍の内容についてはこちらの記事をどうぞ。